ラクーン市民Aの手記
自分で言うのもどうかと思うが、私は善良な一般市民である。
大金の入った財布を拾ってしまい怖くなったので、それをそのままの脚でラクーン警察署へ届けることにした。すぐに帰ろうとしたが、手続きがどうのとかで警官に呼び止められ、待合室で雑誌でも読みながら待とうと思っていたのに、気がつけば署内が何故か殺伐としており、一人の警官が「何をしてる!?どうして逃げなかった!」と訳のわからない事を叫んだ。いや、帰ろうとする私をあなたがたが呼び止めたんじゃないですか。
聞いた話によれば、ラクーンの街のあちこちで大規模な暴動が発生し、それが警察署にまで手を延ばしているという。トラブルの沈静なんて警察官なら朝飯前だろうと考えていたが、どうやらそう簡単な話ではないらしい。暴動とやらを起こしている人たちは、警官のみならず一般市民すらも無差別に襲い、私はその姿が自分と同じ人間には思えなかった。
私は男性警官に守られつつ、身を隠す場所にトイレを選んだ。トイレの個室に立てこもりドアに鍵を閉めるが、このドアもいつまで持つか。しばらくすると騒がしかった外も不気味なほど静かになり、いつの間に壊れたのだろう、隣の個室の水洗トイレから水が溢れ出して私の足元を濡らす。
その時だった。廊下の方から足音が聞こえ、それがこちらに近づいてくるとゆっくりと扉が開く音がした。水に溢れたトイレの床を、パシャ、パシャと歩く音。まずい。ここに隠れているのがバレたら他の人たちのように殺される。こんな脆いトイレの個室のドアなどすぐにこじ開けられてしまうだろう。こうなったらいちかばちか。
私は強く歯を食いしばり、後方に置いてあった何かのスプレーボトルを手に取った。トイレに置いてあるのだから消臭スプレーか何かかもしれない。そのまますばやく開錠するとドアを勢い良く開け、目の前に居た人影の顔面向かってスプレーを噴射した。
「うわっ!」
相手が声を上げた。その反応は、暴動を起こしている人間に見えない人たちとはあきらかに違うように思えたが、最早そんなことはどうでもいい。私は相手が怯んだ隙にその体へ体当たりしてトイレから飛び出した、……つもりだった。
「ぎゃあっ! 」
体当たりをした私はバランスを崩し、そのまま相手もろとも床に倒れ込んだ。バシャン、と大きな水の音がして髪までが濡れる。まずいと瞬時に判断し、その場から逃げようと体を起こしたが、相手に腕を捕まれ強い力で引かれると、身動きが取れなくなる。
「やだ! 離して! 死にたくない! 誰か助けて! 」
大声を出しながら何とか腕を振り払いトイレから飛び出すも、すぐ外の廊下で蹴躓き床に倒れ込んだ。這いずりながらも逃げようとする私の肩を、相手が掴む。
「おい、落ち着け。俺は警官だ」
抵抗しながらも相手の顔を見た。明るい髪の色、青い瞳、見た目から想像した年齢は私と変わらないくらいだろうか。しかしその人相は私に敵意を持っているようには思えない。いや、もしかしたらそう「思いたい」だけなのかもしれない。
「君、名前は?」
口を半開きにしたまま固まっていると、目の前の彼が私に問いかけた。震えて上手く動かない口唇を使ってなんとか「、です」とだけ声に出すと、彼は凛とした眼差しでこちらを見て、言った。
「、俺は君を助ける。だから、落ち着いてくれ」
真っ直ぐにこちらを見つめ、私の肩に手をおいたままそう言った彼の姿が、私にはヒーローに見えた。こんな表現は典型的でありきたりなのだろうが、私には彼しか居なかった。人生が終わるかもしれないこの状況で、彼しか、居なかったのだ。