ドーナツと優越

 デトロイト市警にはギャビンという男がいる。僕は彼が好きではない。ハッキリ言ってむしろ嫌いである。何故かと言えばギャビンは僕と顔を合わせるなり嫌味を吐いて来たり、わざとらしく僕の足を踏んだりするからだ。僕は人間ではなくアンドロイドなのだから痛覚はなく、足を踏まれた所で何のダメージもないという事をわかっていないのだろうか。

 マーカス率いるアンドロイド変異体の革命団のデモが国と人々の心を動かし、アンドロイドは自由と人権を手に入れ、世界は大きく変わろうとしていた。そして僕はサイバーライフが派遣した変異体事件の捜査官ではなくなり、デトロイト市警に勤めるアンドロイド捜査官であり、ただのハンクの相棒、という立場になった。それでもなお未だに変わらないギャビンのあの態度である。

 ギャビンが僕に対し嫌悪感を抱いて接してくるのはただ単に彼がアンドロイド嫌いの人間だからなのかと思っていたが、どうやらそれは少し違うらしい。最近気付いたことなのだが、大体ギャビンが僕を睨みつけている時は傍にが居るし、ギャビンが僕に嫌味を言ってくるのは僕がと話している時だった。

 そのことに気付いた時は少し呆れた。ギャビンはが好きなのだ。僕はこの感情の名前を知っている。嫉妬だ。たまに思うが人間とはなんと面倒くさい生き物なのだろう。が僕の恋人だとギャビンに知られたら僕は殺されるかもしれない。そう考えたら何故か少し笑えた。

 しかし、僕がギャビンに殺される以前に、周囲の人々に僕たちの関係が知られるわけにはいかなかった。何故ならアンドロイドに対する偏見というものが未だ根強く残っていて、僕とがそういう関係だと周囲に知られれば彼女の立場が良いものではなくなるだろう。いま僕とが恋人同士という事を知る人物はハンクただ一人だった。

「ギャビンを、どう思う?」

 僕がにそう問いかけた時ハンクはまだ出勤しておらず、そのうえオフィスからは人が出払っており二人きりだった。彼女はデスクに座り端末を操作しながら何かの書類を必死に作成している。僕の問いかけにも反応を示さず、目線はディスプレイにそそがれたままだ。

「聞いてます?」

 少しだけ苛立ちを覚えの前でヒラヒラと手を振り、ディスプレイを見る彼女の視界を遮る。それが癇に障ったのかは顔をこちらに向けて怒ったような怖い表情で僕を睨みつけた。

「コナー、見て分かんない?私いま報告書作ってて忙しいの。話しかけないで」

 は強い口調でそう言うと再びディスプレイに目線を移した。僕は口を閉じそれを少しだけ尖らせる。その端末をハッキングして消してやろうかとも思ったが、そんな事をしたらに本気で殴られそうだったのでやめた。

 彼女はギャビンの気持ちに気付いているのだろうか。僕ですら気付くくらいあからさまなのに本人が気づいていないはずがない。僕以外の男がを好きだと言っている。僕の立場からならばどう考えても良い気はしない。たとえば彼女は、『僕のことが好きだ』という女性がもしも現れたらどう思うのだろう。いや、そんな人間いるわけないか。

 ディスプレイを見て何かを操作しながら「あー」とか「うー」とか訳の分からない唸り声を上げているはどう見ても苛立っているように見える。彼女にコーヒーでも持ってきてあげようか。そう思い、寄りかかっていたデスクから体を離しコーヒーメーカーのある休憩スペースに向かった。

 僕がオフィスを出たのと同時に玄関ロビーからゲートを通過しこちらに歩いてくる人影が見える。噂をすればなんとやらでギャビンだった。僕とギャビンの目が合い、彼はまるで汚い物を見るかのように顔をしかめるとすぐにニヤリと笑って僕に近づいて来た。

「よォ、アンドロイド刑事」

 ああまたか。内心大きなため息をつきたかったがそれを我慢して「どうも」と挨拶をする。するとギャビンがオフィスを見渡し、そこに僕とと二人しか人が居ない事を知ると、僕の方に睨みつけるような顔で目線を送りチッと大きく舌打ちをした。

 ギャビンは「オイオイ、二人っきりかよ」と言いながら手を広げおどけた様子を見せる。そんな彼を僕が真顔で見つめ、無視をして休憩スペースにコーヒーを取りに向かうためにギャビンに背を向けようとした瞬間だった。僕の動きを遮るようにギャビンが胸倉を掴み、強く引く。顔を近づけて威嚇するように彼は言った。

「てめぇ、にちょっかい出すなよ」

 。その名前を聞き、思わず眉を微かに動かした。二人きりしかいないオフィスとは言え僕が彼女を口説くとでも思っているのだろうか。全く僕を何だと思っているんだ。男の嫉妬はみっともないというけれど、このギャビンという男はそれが分かっていないようだった。

「まぁ、お前みたいなプラスチックなんざ誰も相手にしないだろうけどな」

 何も言えずに居る僕の顔をギャビンは嫌悪感で溢れる表情で見ながら言うと、強く掴んでいた胸倉を離した。プラスチック。久しぶりに聞いたその単語に少しだけ苛立ちを覚える。ギャビンが好きなはそのプラスチックの恋人なんですけどね。そうハッキリ言ってやろうと思ったがそれもそれでつまらない。

「先ほどの言葉、そっくりそのままお返しします」

 僕は一歩彼に近づき、少しだけ見下ろすような目線で言った。僕の言葉にギャビンは半分笑いながら「はぁ?」と枯れたような声で言う。その時に覚えのない感情のような物が僕の胸にむくむくと湧き上がる。ああなるほど。これがいわゆる“優越感”というヤツなのか。ふむ。悪くない。

「残念ながら、は僕のものなので、あなたこそ手を出さないでくださいね」

 僕はあくまでも優しく、穏やかな口調で言った。最初はニヤニヤしていたギャビンも表情を変えずに毅然とした態度を見せる僕に目の色がみるみる変わっていく。彼が再び僕の胸倉を掴み「どういう意味だ!?」と叫んだ、その時だった。

「そこの二人!!」

 耳に叫び声が飛び込んできた。オフィスに大声が響き渡り声がした方向を見ると、デスクから立ち上がったがまるで悪魔のような怖い顔でこちらを指さしている。そのあまりの迫力にギャビンは胸倉を掴んでいた手を離し僕から距離を取った。

「うるっさい!静かにして!喧嘩するなら署から出てって!!」

 大きなその声でオフィスのガラスがビリビリと揺れたような気さえした。に僕たちの言い合う声は届いていて(内容までは聞こえていなかったようだが)、作業に集中していた彼女の堪忍袋の緒を引き千切ってしまったようだ。

「わ、悪ィ」

「すみません」

 ギャビンと僕は思わず謝罪の言葉を口にした。そしてその後すぐ彼が僕を睨みつけ囁くような小さな声で「さっきの言葉どういう意味なんだよ」と言った。僕が首を傾げ肩をすくめて知らんぷりをすると、ギャビンはまたもや大きく舌打ちをし、小走りでのデスクに向かった。

「オイ!お前あのプラスチック野郎とどういう……、」

「ギャビン!うるさいって言ってるのが分かんないの!?」

 どうやらギャビンは直接に僕との事を問いただしたかったようだ。作業の邪魔をしたギャビンが彼女に怒鳴られている所を見ると少し愉快だったが、原因を作ったとバレた僕にはドーナツの箱が飛んできた。

 床に散らばるドーナツを拾い集めながら「理不尽だ」そう思ったけれど、いま自分が感じている優越感が心地よかったので、まぁ、よしとしよう。