あなたとアンブレラ
署を出ると雨が降っていた。雨は嫌いだ。足元は悪いし、空気が湿って居心地が悪い。何より傘をさすのが面倒くさくて大嫌い。そして今日の私は傘を持っていなかった。すぐそこの店にランチを食べに行くだけとは言えそこそこの量の雨に溜息をつく。
「入りますか?」
気が付くとすぐ隣にコナーが立っていて、大きな黒い傘を手に持ち私の顔を覗き込んでいた。コナーは食事をしないからランチをする私に着いて来ても仕方がないと思う。それを彼に伝えると「ランチの間の話し相手にでもなりますよ」と言って首を傾げた。バサリと大きな音を立ててコナーが傘を開いたので、お言葉に甘えてその傘に入ることにした。店まではそこまでの距離ではないしこれくらいならいいだろう。そう思いながら歩き始めようとすると、コナーは私の腕を掴み引き道の端に寄せた。
「、あなたはこっちです」
そういう彼の意図が読めず眉をひそめたが、私が歩こうとしていたのが車道側だったのでコナーが場所を代わってくれたのだと気付く。今どきのアンドロイドは「女性には車道側を歩かせない」という紳士的な対応もプログラムされているのかと感心した。私は小さくお礼を言うと、今度はコナーが私の肩を抱く。
私の表情は恐らく片眉をピクリと動かしただけだったと思うが、内心は動揺していた。アンドロイドとは言え男性と同じ傘に入り、車道側を歩かせないという気遣いをされ、終いには肩まで抱かれている。妙に心臓がうるさくて不思議な気分だった。
「あの、コナー、離れてくれない?」
「こうしないと、あなたの肩が濡れますから」
居心地の悪さを感じた私が身じろぎすると、コナーは私の肩を抱く手に力を込めたようだった。別に私は少しぐらい濡れたってかまわない。少なくともコナーがこうして傘に入れてくれなければ、雨の中小走りでランチに向かおうとしていたのだから。
「いや……、こういうのは私じゃなくて、好きな女の人にでもやればいいよ」
冗談っぽく半笑いでそう呟いて、コナーの手を振り払った。彼はアンドロイドだから「好きな女の人」なんていないんだろうけど、というそんな考えが混じっていたのかもしれない。するとコナーが一度こちらに目線を送り、先ほど振り払った手を再び私の肩に乗せた。そして先ほどよりも強く、力を込めて自分の方へ引き寄せる。
「私の話、聞いてた?」
コナーの行動に理解が出来ず、私は目を細め表情を歪ませると彼の顔を見た。コナーはゆっくりと首をこちらに向け、私と同じように目を細める。その表情と顔の近さに私の心臓がドクリと鳴る。コナーは先ほどよりもグッと顔を近づけて私に言った。
「ええ、もちろん聞いてましたよ。好きな女性にやればいいんですよね」
コナーの言葉に反論しようとしたが、私の言葉は喉に引っかかったように出てこなかった。「好きな女性にやればいい」という言葉が耳にこびり付き、私の肩を抱くコナーの手に更に力が込められる。
「、顔が真っ赤ですが、それはどういう意味ですか?」
わざとらしく首を傾げ笑いながら私に問いかける彼は、その答えなどとっくに分かっているのだろう。余裕を見せる態度に少しだけ腹が立つ。ハンクがたまにコナーの扱いに困っているような時があるけれど、それはこういう事なのかもしれないと思った。アンドロイドとはこんな不可解な行動を取るものなのだろうか。
「明日も雨だそうです。傘は持ってこないでくださいね」
私の耳元でコナーが小さく囁き、どう返事をしたらいいか分からず黙る。今の私は耳まで赤いんだろう。しばらくこのままで居たいような、早く店に着いて欲しいような、そんな不思議な想いで雨に濡れた道を歩いた。