君の上で舞い踊る
部屋にある時計を見ると、ここを出なければいけない時間まであと20分を切っていた。今夜は仕事の取引先の人たち数人と会食の予定が入っていた。大事なビジネスの相手である人を待たせるわけにはいかない。動きづらいヒラヒラしたスカートで部屋を行き来していると、いつの間にかカムスキーが出入口のドアに寄りかかって立っており「」と私の名を呼んだ。
「食事の相手は?」
いつもより低めに聞こえたカムスキーの声。その質問は昨日も聞いた覚えがあった。私は準備していた手を止め、彼の方を見ながら肩をすくめて言う。
「私きのう、取引先の人たちって言っ……」
「何時ごろに終わる?」
その台詞を言い切る前に私の声はカムスキーの言葉でかき消される。分かっている。彼は私の言葉なんかたいして聞いていない。浮気なんかを疑っているわけではないのは分かっている。ただカムスキーは自分の知らない所で自分の知らない人と私が楽しんでいるのが気に入らないんだろう。
「ハッキリしないけど22時には帰れると思うよ。なるべく早く帰れるようにす……」
「終わったら迎えに行く。車を出そう」
デジャヴ。先ほどと同じように声をかき消され、二度目はさすがにカチンと来た。私は彼から目をそらし大き目のため息をつくと、荷物なんかほとんど入らない小さなバッグに化粧ポーチを押し込みながらぼやいた。
「いいよ別に。一人で帰れる。夜道が危険とかそんなか弱い女じゃないし子供でもないんだから」
「迎えに行く」
「いいってば」
「私の言う事を聞け」
耳元でカムスキーの声が響いた。ハッとして顔を上げると彼はいつの間にか私のすぐ隣まで歩み寄っていて、気が付けば腕を掴まれていた。至近距離で目が合い、体が動かなくなる。まるで蛇に睨まれた蛙だ。「私の言う事を聞け」、だって?普段からカムスキーの言う事は聞いているつもりだけど、本当に私を思うまま動かしたいのなら、私なんかじゃなくクロエが居るだろう。
「もしかして、少しでも私と一緒に居たいとか、そんなくだらないこと言うつもり?」
フ、と小さく鼻を鳴らし、歯を見せて笑いながらそう言うと、目の前のカムスキーの綺麗な形の眉が一瞬だけ歪む。素早い動きで腕が伸び、私の顎を掴むとカムスキーは鼻が触れ合いそうなほどに顔を近づけ、擦れた声で囁いた。
「だったら何だ」
彼の言葉に対し、予想外のような、想定通りのような、矛盾した思いが私の胸を埋め尽くす。少しだけ嬉しくなった私がさらに顔を近づけキスをすると、カムスキーもそれに応えるように私の口唇に噛みついた。
最初から素直にそう言えばいいのに。そう思ったけれどその言葉を口には出さない。彼に免じ今日は早めに切り上げて、迎えの車に乗ってあげよう。そう思った。