レイヤーケーキ

 数年前からの日本ブームは廃れる気配もなく、日に日に勢いを増している気さえしてくる。日本の食事、日本の植物、日本の文化。自分自身それらが嫌いではない。しかし不思議だと思うのがバレンタインデーの風習だ。

 欧米では男性から女性に花を贈るのが定番になっているが、日本ではその逆で、女性から男性に贈り物、しかもその多くがチョコレートなのだと言う。興味深くもあるが、いまいち理解が出来ない。

 今日の日付は2月の13日。明日はバレンタインデーなわけだが、もうすでにの好きな色の花束も手配済みで、レストランの予約もしてある。問題は、いま私の目の前で“バレンタインとか興味ないからどうでもいい”とでも言いたげにケーキを食べているこの女を、どうレストランまで連れて行くかが問題だ。

「寒いから外出たくない。レストランなら一人で行って来れば?」

 白いクリームを口の端に付けながら、この言いぐさである。ソファにだらしなく体を預け、ローテーブルに置かれた生クリームとフルーツがたっぷりのケーキにフォークを入れていた。まるで子供のような仕草に溜まらずハァと大きなため息をつく。

「まぁ、君がそう言う事は予想はしていたがな……」

 私が肩をすくめながら呟くように言うと、はこちらを横目で見てフンと鼻を鳴らし、フォークについたクリームをいやらしくぺろりと舐めた。

 少なくとも彼女は私の恋人だ。男がバレンタインデーに恋人の女性に何もしないのは流石にまずいとは思うが、当の本人がこれでは私が何をしようと無駄なのかもしれない。しかしまったくこの生意気な女の態度は、恋人とは言え時折癇に障る。

 フォークを持ったの手が皿に伸び、次の一口の為にそのフォークをケーキに刺した。その光景を見てピンときた私は、思わず溢れ出る笑みを抑えきれずに口角を上げる。

 私はソファにゆっくりと近づき、の隣りに腰をおろした。柔らかなソファに自分の体が沈み込み、隣にあるの体も少しだけこちらに傾く。私は手を伸ばし、の手に握られていたフォークを取り上げた。

「ちょっと、なにすんの。返してよ」

 綺麗な形の眉が歪み不服そうな顔でこちらを見ると、声を荒げてそう言う。その様子に何故か自分の胸に高揚感のような物が湧き上がり、私は再び口角を上げた。取り上げたフォークからケーキの欠片がの腹の辺りに落ち、白いクリームが飛び散る。

「君は日本でのバレンタインデーの風習を知ってるか?」

 服に着いたクリームを気にする素振りをするに問いかけた。彼女は不機嫌そうな顔をさらに険しくし、睨むようにこちらを見つめながら「は?」とだけ声を上げる。

「日本では、女性から男性にチョコレートを贈るらしい」

 その台詞を言い終わると同時にフォークを床に落とし、の顎を掴んで口唇を奪う。彼女の口の端に着いていたクリームを口唇ですくいつつ、舌で舐め取った。口の中に甘い味が広がったのが分かる。の口唇は外も、中も甘い。

「カムスキー、ちょっと、ストップ」

 抵抗の素振りを見せ、そう叫ぶの肩を掴みソファに強く押し付けると、その首にも口唇を落とした。ケーキのクリームが付いていたのは口唇だけだと言うのに、彼女の体はどこもかしこも甘い気さえしてくる。

「私からのバレンタインを受け取る気がないなら、君から何かくれてもいいだろう」

「なに言ってんの。まずこれ、チョコレートケーキでもないんだけど」

 ふと横目で、ソファのすぐ目の前にあるローテーブルに置かれた食べかけのケーキを見た。白い生クリームがべっとりで、中から色とりどりのフルーツが飛び出している。決して美しいとは言えないがひどく甘い魅惑的なそれが、いま自分の目の前に居る彼女にとても似ている気がした。

「私は君がもらえるなら、なんでもいいよ」

 耳元でそう囁くと、は観念したかのように小さく溜息をつき、私の目を見つめたあとすぐにキスを返した。触れるだけの少し子供っぽいそれに煽られるかのように、私は彼女の後頭部に手を回し、深く甘いキスをした。

 この生意気な恋人をどうにかしてやるのもいいだろう。しかしその前にレストランの予約はキャンセルしておくべきだな。そう思った。