※鬼仁会モブ組員視点

クレイジーサイコパスバカップル

 暴虐、残忍、強暴、極悪、狂人、非道。西谷会長を言い表せる言葉はこの世にいくらでもあると思っている。殺しの才能とカリスマ性で今の地位までのし上がった会長には怖い物なんてない。俺はそう思っていた。しかしそんな会長にも弱点がある。それは恋人であるさん、いや、姐さんの存在だった。

 姐さんと会長は古い付き合いらしく、二人はとても仲が良い。それは俺たち鬼仁会の組員のほとんどがうんざりしてしまうほどだ。お互いに「」「誉」と呼び合っていて、顔を合わせれば人前だろうと所かまわずキスでもなんでもおっぱじめてしまう。

 そして姐さんも会長に負けず劣らずの奇人変人だ。殺しを済ませた会長の返り血まみれの姿を見ても平然としているし、頭沸いてんとちゃうか?と思ったことは何度もある。

 こんなことは会長の前では決して言えない。口にしたが最後、ドスが眉間目掛けて飛んでくるからだ。会長は自分のことをとやかく言われるより姐さんのことを言われる方が余程頭に来るらしい。本当に心の底から惚れてるのだということは分かるし、クレイジーサイコパスバカップルとしてお似合いだと思う。クレイジーサイコパスバカップル。うん、我ながらええネーミングセンスやわ、と自画自賛したくなった。

 会長と姐さんの仲は各所に知れ渡っていて、余所との抗争に姐さんが使われそうになったこともある。恐らくは『三代目西谷誉の女』ということで連れ去って交渉材料にするか脅すか会長を痛めつけるか、まぁとりあえず何かしらに利用したかったのだろう。

 あの時のことは今でも夢に見る。会長はまさに鬼神……、いや鬼人?奇人?とでも言うのだろうか。姐さんに危害を加えようとした組に乗り込み、次から次へと組員を殺してまわった。人間の血と脂にまみれて使い物にならなくなったであろうドスを片手に妖しく笑う会長の姿はとにかくとてつもなく恐ろしくて、それこそ正に鬼か悪魔か死神だった。自分と同じ人間だとはとても思えなかった。

 姐さんはそんな恐ろしい姿になった会長を見ても「遅いよ、もう」と言っただけだった。会長はそれに対して「悪かったって」と返していたが、言葉とは裏腹に悪びれている様子には一切見えなかった。

 ある日のこと。キャッスルの闘技場リングが見下ろせる会長の私室に行くと、会長と姐さんが何かしらを言い合っていた。

「なんなのもう、ひどいよ。もう誉のこと信じらんない」

「そんなこと言うなって。俺が悪かった、許してくれよ、なぁ?」

 会長は以前と同じく謝罪の言葉とは裏腹に悪びれている様子が一切見えない。姐さんもそれを察したのかまるで子供のようにプイッと顔を背けると、そのまま俺が入ってきた襖から外に出て行ってしまった。会長は姐さんを追うこともせず、ハァーッと大きく長い溜息をつきながら一人掛けのソファにどかりと腰を下ろした。

「あ、あの、会長。どうかされました?」

 はっきり言えば声をかけるのも恐ろしかったが、ここで何も言わずにいれば何をされるか分からない。俺はなるべく波風立てぬよう優しい声色と柔らかい口調を意識して声を掛ける。会長は流し目でこちらを一瞥すると再び大きな溜息をついた。

がご機嫌斜めだとよ。……ったく、めんどくせえな、クソ」

 会長と姐さんの二人が小競り合いをすることなどは日常茶飯事だ。その度にとばっちりをくらうのではないかとビクビクしている俺たちにとっては『あんたたち二人ともめんどくさいわ』と言いたくなる。

「お前さぁ……」

 会長は流し目をやめて俺の方を真っすぐに見る。その鋭い視線に心を読まれたのかと思い心臓が一瞬止まったかのように思えた。「はい」とすぐに返事をして姿勢を正す。

の機嫌取れそうなもん一緒に考えてくれよ。ブランド物とかアクセサリーとかはもう散々あげちまったし、もう何が良いのかわかんねえ」

 いや俺だって知るわけないやろ。そう思ってもとてもじゃないが口には出来ない。俺は口元に手をあて平然を装いながらも必死に考える。女の機嫌が取れそうな物とは何だろう。例えば自分だったら何を贈るだろう。改めて考えてみると案外難しいものだなと感じる。

「せや!花とかケーキとかあげればええんとちゃいます?女ってそういうの好きですやん」

「あのなぁ、そんなんいっつもやってんだよ。他だ、他」

 会長は手を頭上でヒラヒラとさせ俺の提案を秒で無下にした。ブランド物、アクセサリー、花、ケーキ。全てを与えてもダメだと言うのならもう出来ることなんて『自分がどれだけ相手を愛しているか』ということを伝えるしかないんじゃないかと思う。

「せやったらもう……、姐さんの耳元で愛の言葉でも囁いて、熱い抱擁と熱いキッスでもして、会長のテクで優しく激しく抱いて、気持ち良ぉしてやるしかありませんですやん……」

 半ばヤケクソだった。顔を合わせれば人前だろうと所かまわずキスでもなんでもおっぱじめてしまう二人なんだから、とりあえず一発ヤッとけば丸くおさまるだろう。そう考えての言葉だった。

 会長は眉間に皺を寄せ目を細めて俺を見た。ああ俺死んだわ。心の中で独り言ちる。

「よっしゃ!」

「……よ、よっしゃ?」

 その言葉はあまりにも予想外すぎて、訊き返すかのように同じ言葉を繰り返して言う。会長はパンと膝を叩きながら立ち上がり、呆然としている俺の真横を通り過ぎて開けっ放しにしていた襖から部屋の外に出て行った。きっと姐さんの後を追ったのだろう。

 まるで嵐が過ぎ去った後かのような気持ちになる。会長は本当に姐さんの耳元で愛の言葉を囁いて熱い抱擁と熱いキッスをして会長のテクで優しく激しく抱いて気持ち良くしてやるんだろうか。

「クレイジーサイコパスバカップルめ……」

 自分以外誰も居なくなった部屋で小さく呟く。その暴言は闘技場リングの喧騒に吸い込まれて消えた。


‎(‎2023.‎12‎.‎17‎)‎