嘆きの鐘
床に血が飛んでいた。誰のものだろうか、などとぼんやり考える。ふと窓の外を見ると大きく丸い月が出ていて、強い光はキャッスルの真上にあるというだけでまるで人工物のようだ。
「どこ見てんだよ、」
顎を掴まれ無理矢理に正面を向かされる。西谷さんの顔も床の血も等しく月の光に照らされ、その美しさに息を飲んだ。彼のする行為は毎回のように痛くて苦しくてそれでいて気持ちが良くて頭がおかしくなる。強く手を握り合ったとしても肌に直接触れたとしても深くキスをしたとしても、それは何の意味もない。私が西谷さんをどう思っていようと彼の中に情というものは一切存在しない。目の奥が熱くなりまつげが濡れていく感覚がする。
「なぁ……、知ってっか?」
西谷さんは低く囁いてから私の首を掴んだ。黒いネイルの指先が肉に食い込んで痛い。彼の問いに、何がですか? と声に出して言う体力すら私には残されていなかった。
「お前はさ、泣いてる顔が一番、可愛いんだよ」
綺麗で、それでいて不気味で恐ろしい顔が一気に近付いて鎖骨に口唇が落とされる。それは今日された物のなかで一番優しい行為のように思えた。
この涙は生理現象でありただの液体に過ぎない。醜く不格好な何の変哲もない生温い水。どうして『泣いてる顔が一番可愛い』なんて酷いことが言えるのか。そう思っても私は西谷さんに縋ることをやめられない。彼の前で無意味な液体を目から零すことをやめられない。
ふと床の血に目をやる。ああこれは私の血だったと気付いた時には夜空の月はすっかりぼやけていて、私の目には何も見えなくなっていた。
(2023.12.15)