とめどなく湧き上がる途方もない殺意
ひっどい顔。を見た時に真っ先に浮かんだ言葉。涙に濡れたまつ毛は完全に下を向いてしまっているし、まるで乱暴なキスでもされたかのような口唇はリップが落ちて少し腫れぼったくも見える。俺はその『ひどい顔』を両手で包んで持ち上げると、親指で涙を拭う。するとは生意気にも「擦ると腫れちゃうからやめてください」と抗議した。
は男運がない。というか男を見る目がない。というか男の趣味が悪い。例えば誰がどう見ても性格に難がある男に入れ込んだり、DVされただの度を超えた束縛をされただのストーカーされただの、今までに何度も聞いてきた。ひどい顔で泣きじゃくっている理由は今回もそれだ。そもそもは俺を選んでいない時点で終わってる。
「で?今回は何されたわけ?どういう男だったの?」
頬を擦るのをやめて問う。は気まずそうに俺から目をそらし、俯き加減でぽつりぽつりと話しはじめた。
簡単に言えば今回の男は“金にがめつい貢がせクソ野郎”だったらしい。に対して足を洗ってお前と結婚するだの出世するために必要だのそれらしい理由をつけて金を貢がせ、散々搾り取った挙句に他の女と姿を消してしまったみたいだ。男に渡す金のためにが身を粉にして働いていたことは俺も知ってる。露出狂かと思う程の服も、似合いもしない濃いメイクも全部あの男のため。
声を震わせながら話すを見て憐れに思う。この女は本当に不運で本当に不憫で、それでいてとてつもなく頭が悪い。わざとなのかと思うくらいに毎回毎回変な男に引っ掛かって、傷付けられて毟り取られて心を抉られて損をする。涙に濡れ切ったみっともない泣き顔を見ながら、をこんな顔にさせたのが自分ではないことに心底腹が立った。
「あ、俺良いこと思い付いちゃった。そいつ、殺そっか?今から」
は目を丸くしてこちらを見た。そんな“何を言っているか分からない”とでも言いたげな表情をしてとぼけても無駄なのに。
「そうだなぁ、シンプルに銃が良い?それとも刃物系?死体は埋めるなり沈めるなり溶かすなりするから心配ないよ、大丈夫、ちゃんと足付かないようにするから。あ、そうだ。流氓らしく細切れにして饅頭の具にするのはどう?指の先まで、ぜーんぶ」
無理矢理に口角を上げながら言うと、目を丸くしていたの表情が一瞬にして曇り出す。ほらやっぱり、と心の中で呟いた。は未だにあの男に惚れてるんだ。散々貢がされて散々傷付けられたというのにまだ情が残ってる。あの男が細切れにされて饅頭の具になる所なんて見たくない、と思ってるんだろう。
「……なぁんてね。冗談だよ……、冗談」
囁くように呟いてからの細い首を片手で掴み、自分の方へ引き寄せた。指先に力を込めると滑らかな肌に指輪が食い込む。
「趙さん、苦しい」
が細い声で俺の名を呼ぶ。未だに涙が溜まっている瞳を直視出来なくて、見ないふりをしながら口唇に噛みついた。下口唇を甘く噛む。抵抗されないのを良いことにの体に触れると、その柔らかさに気持ちが昂ぶった。
あーあ、もうおしまいだ、と率直に思う。俺も所詮、“の過去の男ども”と一緒なんだ。ただひたすらにこいつに触れたいだけの、クソみたいな獣でしかない。
冗談?そんなの嘘に決まっている。の過去の男どもはもれなく全員ぶっ殺してやりたい。それこそ本当にズタズタに切り裂いて饅頭の具にしてやりたい。の心を引っ搔き回して、この体を散々弄んで、この口唇に何度も何度もキスをしたに違いない。考えるだけで反吐が出る。
俺以外の男を全員殺してこの世界でたった二人になってしまえば、は否応なく俺が欲しくなるだろう。そうだ殺そう、全員殺してしまおう。そんなどうしようもないことを考えながら、胸に溜まっていく残虐な感情に降参するように俺は目を閉じた。
(2023.10.30)