横浜流氓が裏切り者に加える制裁は細切れののちに饅頭の具にすること。それは俺が幼い頃から言い聞かされてきた迷信のようなもので、誰も彼も本当だなんて信じちゃいなかった。俺ももちろん例外ではない。

 幼い頃からずっと一緒に居て、唯一無二の親友で、初恋の相手。そんな人がズタズタになって饅頭の具になった姿なんて見たくない。しかし彼女の親がその“裏切り者”とあっては、たとえ身内だろうと見逃すわけにはいかない。饅頭の具、つまり死んでこの世から居なくなることは必然だった。

「さてと……、俺は今からお前を殺さなきゃならないんだけど、最期に何か言いたいことはある? 」

 訪ねると、棒立ちのままのは首を数回横に振る。その無表情は覚悟を決めているのか瞬き一つせず、まるで人形のように美しく同時に不気味だった。

「あ、そうだ。じゃあ俺からひとつ」

 俺は片手をあげ手の平を見せながら、何も言いそうにないの代わりに言う。我ながらまるで何か良いアイディアを閃いた時にする仕草のようだと思った。

「最期にさ……、抱きしめてもいい? 」

 言い切ると、の返答も待たずにその細い腕を掴んで自分の方へ引き寄せる。背中に手をまわし骨が軋む音が聞こえてきそうなほどに強く抱きしめた。後頭部まで腕を伸ばし支えると、そのまま口唇を塞ぐ。は一瞬だけ抵抗するような素振りを見せたが、そんなことはどうでも良かった。

 重なる口唇と口唇の隙間から彼女のくぐもった声と熱い息が漏れ出す。顔を離し抱きしめていた力を緩めると、大きな瞳と目が合い、先ほど人形のように無表情だったは、困惑した様子で俺を見つめた。

「キスまでするなんて聞いてない」

 その表情と震える小さな声に、俺の胸は言葉にし難い感情で溢れ返る。もう一度頭を抱えるようにその小さな体を抱きしめると、はそれ以上抵抗はしてこなかった。

「良いじゃん。もうこれが、……今生の別れなんだからさ」

 の髪に顔を埋めながら、耳元で囁く。この後、俺は彼女をこの手で殺さなくてはならない。本当はそれが嫌で嫌で仕方がない。背中に手を添えて骨をなぞりながら、を殺さなくても済むような理由を何度も考えたが何も浮かばず、ただただ優しい香りが俺を包むだけだった。


‎(2021.9.28)‎