整列して鳴け

 口唇を重ねるたび、かち、かちという音が耳に響く。私の歯と獅子堂さんの歯がぶつかり合う音だ。軽い音ならばまだましなほうで、稀に火花でも散るのではないかという勢いでガチリと音を立ててぶつかる時がある。

 獅子堂さんはいつもの大きな手で私の顔を乱暴に掴んで引き寄せた。獣かのように口唇に噛みつき、そのあとはすぐに私の耳に触れ、指先で弄んだあとに耳の穴を塞ぐ。聴覚が鈍くなった私の頭の中にはお互いの舌が絡み合う卑猥な音や、歯がぶつかり合う音が反響する。

 舌ならまだいい。情欲を駆り立てられ気持ちが昂るからだ。でも歯の音は苦手だった。あの音を聴くたび妙に背のあたりがぞわぞわとし、落ち着きがなくなる。力が抜けて来て獅子堂さんにしがみついた。

 やっと口唇が離れたかと思うと、獅子堂さんは反対側に顔を傾けて再びキスをしようとしていた。名を呼んで静止させる。

「獅子堂さん、あの、歯が……」

 歯がぶつかることに関して指摘したことは数回ほどある。しかし獅子堂さんはいつだって聴く耳を持たず「じゃかあしい」とか「黙っとれ」などと言われて終わってしまっていた。今日はそのどちらでもなく、獅子堂さんはただ眉間に皺を寄せて表情を歪ませただけで何の返答もしなかった。お前の言い分などどうでもいいとでも言うように口唇を塞がれる。

 何度も角度を変え口唇を貪られるたびに、かち、かちという音が聞こえてくる。いつの間にか壁まで追い詰められていたようで、寒気ばかりを感じていた私の背に無機質な感触がした。

 掴まれている顔も、貪られている口唇も、ぶつかり合っている歯も何もかもが痛い。軽く抵抗をして口唇を振りほどくと、獅子堂さんは私の態度が気に入らなかったのか大きく力強い手で私の顎を掴んだ。彼の力であれば私の顔など簡単に押し潰されてしまうだろう。抵抗する隙すらもなく、こちらに顔が近付いてきた。



 名を呼ばれ肩が震える。また口唇を塞がれるのかと思いきや、鼻が触れ合いそうな距離のところで獅子堂さんの動きが止まった。私の顎を掴んでいる手の親指が口唇の隙間から中に入り込み、上口唇をめくる。まるで数でも数えているかのように歯をゆっくりとなぞった後、奥に進ませた指先で舌に軽く触れた。

「俺が悪いんやない。お前のが邪魔なんや。こんな歯ぁ抜いたれ」

 獅子堂さんはそう言って、まるで馬鹿にするかのように鼻で笑った。口の中から指を引き抜き、まるで動物かのように私の口唇を舐める。彼の表情にも言葉にも態度にも、何もかもに抵抗する気が失せた。これがお手上げ状態ということなんだろうと呑気にも考えてしまう。

 名は体を表すなどとは言うが、獅子堂という名前は彼に似合いすぎていると思う。獲物を貪るかのような乱暴な行為も、私という弱者を弄ぶかのような態度も、それでいて私を魅了して放さないのも、何もかもがそれこそ本当に『獅子』のようだ。

 再び顔が近付いて来て口唇が深く重なる。最早何度目なのかも分からない、かち、という音が私の頭の中にこだました。


‎(‎2024‎.‎3‎.‎7‎‎)‎