スカーレットドレッシー

「こんにちはぁ! 」

 扉を開けながら大きな声で元気よく挨拶したというのに、返事はひとつもない。それもそのはず。松金組の事務所には人っ子一人いない。たまたま近くを通りかかったため、組長であり祖父である松金貢に顔でも見せようかと思ったのに、祖父どころか他の組員の姿すらもなかった。留守番役を置かず、戸締りもしないなんておかしい。そう思っていると、奥にある机の影で何かが動き、姿を現わした。

「お嬢? ……どうしたんスか」

 顔を出したのは東さんで、眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。私が「こんにちは」と挨拶したのだから「こんにちは」と返して欲しいと思いつつ、私は東さんにゆっくりと近づく。

「東さん、おじいちゃんは? いないの? 」

組長おやじなら今日は見てませんよ。他の奴らも出払ってるんで、今は俺一人です」

 なるほど、東さんが留守番役なのかと心の中で独り言ちる。祖父とは最近顔を合わせていないため、たまには“おじいちゃん孝行”しようかと思っていたが、どうやらタイミングが悪かったようだ。

「しょーがない、出直すかぁ。せっかくおじいちゃんの顔見れると思ったんだけどなぁ」

 そう言ってから小さく溜息をつく。東さんは申し訳なさそうに軽い会釈をした後に、目を細めジッと私の顔を見た。何か言いたげに見えたその視線に、私は“なに?”という言葉の代わりに東さんを見つめ返す。

「お嬢、これからデートかなにかですか? 」

 東さんに問われる。今日はこれから友人とランチをする予定だ。デートというわけではない。ただその友人とはかなり久しぶりに会うため、見た目はそれなりにちゃんとしてきたつもりだ。それが東さんにはデートに行く装いに見えたのかもしれない。

「別にそういうんじゃないけど。なに、デートに行くように見える? 」

 東さんから「デート」という単語が飛び出したことがなんとなくおかしく、半笑いで言う。しかし私の態度とは裏腹に、東さんは一つも笑うことなく、真剣な顔をしていた。

「はい。いつもよりお綺麗に見えたんで」

 思わず心臓が跳ねた。男の人に「綺麗」だと面と向かって言われたのはいつぶりだろう。その久しぶりの感覚に、自身の頬が熱を帯びていくのが分かる。社交辞令だったとしても嬉しかった。

「あ、お嬢はいつもお綺麗ですんで、“今日は一段と”という意味です」

 東さんは私の動揺に気付いていないのか、続けざまに言った。付け加えられたその言葉がまた嬉しく、そして恥ずかしく、自分の顔がどんどん熱を持っていく。恐らく今の私の顔は赤いだろう。止めようにも止められなかった。

「ありがと……」

 お礼の言葉を口にすると、東さんはやっと私の様子に気付いたのか、目を丸くしてこちらを見る。そして小さく「すんません」と言って、照れくさそうに自分の頭をかいた。その謝罪はどういう意味なのかが気になったが、あえて聞かなかったふりをした。


‎(‎‎‎2021‎.12‎.‎2‎)‎