自白剤をくれないか
の夢を見た。少し痛んでいるパサついた髪を撫でてから、頬に触れる。その体を抱き締めようとした所で目が覚めた。こんな夢を見てしまう自分が思春期のガキのように思えて、チッと舌打ちをする。
ソファに預けていた体を起こして座り直すと、粗末なテーブルと吸い殻が大量に入った灰皿が視界に映る。一体いつからうたた寝してしまったのか、今が何時なのかも分からない。軽く伸びてからなんとなく見上げた天井は汚い。シャルルは老舗のゲーセンのため仕方がないと思いながら軽く溜息をついた。
会いたい。率直にそう思う。会って顔を見て声を聴いて、あわよくば先ほど見た夢のようにに触れたい。こんな気持ちは本人どころか他の誰かにだって言えやしない。好きだと思っていても口にしたこともないし、愛おしいだとかそういう感情は理解出来ても、俺の口からそんな気持ちを言葉にして吐けるはずもない。
さっさと帰って風呂でも入って寝るか。そんなことを思いながらソファから立ち上がると、ポケットに入れっぱなしのスマホが震えた。反射的にそれを取り出して画面を確認すると一件の通知が表示されている。誰かからのメッセージだった。
“あいたい”
絵文字どころか漢字すらも使われていない四文字が目に入る。送り主はだった。心臓がドクリと大きく鳴った。画面端に表示されている時刻は午前一時。いつもであればは眠っている時間のはずだった。
スマホをポケットに突っ込み、そのままシャルルを飛び出した。の家はここからほど近い場所にある。深夜の時間帯にも関わらず神室町は賑やかで、ホストのような男、キャバ嬢のような女、スーツやミニスカートを追い抜いて、走った。
が住む古いアパートに到着し、息を整えてからインターホンを押した。するとまるで待ち構えていたかのようにすぐにドアが開き、中からが顔を出した。俺の予想通り眠っていたのだろう。化粧はしておらず、髪には寝癖がついていた。初めて見る寝間着姿は妙に色っぽい。
「東さん、ごめんなさい!」
顔を合わせるなりが叫ぶように謝罪し頭を下げる。どういうことなのかが分からずに俺は何も返せなかった。
「私、ちょっと寝ぼけてて、変なメッセ送っちゃって……。ほんとすみません!間違いなんです」
慌てた様子であれこれと口にするの顔はほんのりと赤かった。思わずポケットに仕舞い込んでいたスマホを見ると、ここまで走ってくる間に何件かメッセージが来ていた。その内容は『ごめんなさい』だの『寝ぼけてて間違えました』だの、たった今が口にした言葉と同じようなものが並んでいる。
肩を落としうなだれたい気持ちをおさえながらの顔を見る。“あいたい”というメッセージを見た時は、俺の見た夢が正夢になったのかと思った。俺の考えていたことが具現化したのかと思った。それがただの勘違いだったことを知り、心底がっかりした。そうだ。俺はそのくらいこの女に惚れこんでしまっている。
「間違いってことは、……本音じゃ、ねぇのか」
無意識にこぼれた声はひどく弱々しかった。こんな女々しいことを口にしたくはない。そう思っているのに止められなかった。
「“あいたい”って、お前は思ってねぇのか」
の顔を見る。大きな瞳がこちらを見つめていた。その表情は驚いているのか喜んでいるのか悲しんでいるのか、俺には分からない。
「思って、ました……」
俺よりもさらに弱々しい声。綺麗な形の口唇が震えているのが分かった。の手がこちらに伸びて来て、俺の胸のあたりに触れる。
「私、東さんに会いたかった。会って顔を見て、声を聴きたかった」
俺の心を読んだかのような言葉だった。半開きだったドアを強く引き、部屋の中へと体を滑り込ませる。目の前に居たの腕を引いて自分の胸の中におさめた。背後でドアが閉まる音が聞こえる。の髪は少し痛んでおりパサついていて、夢の中とまるで同じだった。そこへ顔を埋めながら、強く抱き締める。
「俺もだよ」
それだけを呟いて、口唇を塞いだ。
会いたい。会って顔を見て声を聴いてあわよくば触れたい。抱き締めたい。キスをしたい。それ以上のことだっていくらでもしたい。こいつを俺の手でどうにでもしてやりたい。不埒な考えばかりが頭の中をぐるぐると回る。しかし俺の口からそんな気持ちを言葉にして吐けるはずもなく、薄い寝間着の隙間から覗く肌に口唇を落とすことしか出来なかった。
(2023.11.5)