拝啓、神様とあなたへ
「これからター坊たちと初詣に行くんだけどよ、ちゃんも来ねぇか?」
2024年の元旦。急に電話をかけてきた海藤さんはあけましておめでとうの挨拶もそこそこに私を誘った。特に予定もなく寝正月を過ごす予定だった私は「はい。行きます」とだけ返事をする。しかし電話を切って支度をし始めてからあることに気が付きハッとした。
「『ター坊』……『たち』……?」
海藤さんが言った『これからター坊たちと初詣に行く』という言葉を自分でも呟いてみる。『ター坊“たち”』それはつまり八神さん以外の人も一緒に来るということなのだろう。もしかしたら横浜に居る杉浦さんや九十九さんも一緒かもしれない。そして何より海藤さんが東さんを誘わないはずはないため、彼も居るはずだ。いや居る。絶対に居る。
元旦から東さんに会えて、尚且つ一緒に初詣に行けるという喜びに心が躍る。それと同時に緊張で呼吸が浅くなるような感覚がした。何を着て行こう。化粧も髪もちゃんとして行かなきゃ。とりあえずシャワーを浴びてから行こうか。などと考えた。
元旦ということもあり、待ち合わせ場所の神室神社前はたくさんの人でごった返していた。人ごみの中でこちらに手を振る海藤さんを見つけて駆け寄る。
「よぉちゃん。あけましておめでとう!悪かったなぁ急に呼び出して」
「いえ、誘ってくださってありがとうございます。あけましておめでとうございます」
海藤さんに向かって挨拶をしながら頭を下げる。周囲には八神さん、杉浦さん、九十九さん、そして予想通りに東さんの姿もあった。それぞれに頭を下げながら軽く挨拶をする。東さんは私の「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」というごく普通の挨拶に「おう」と答えただけだった。
一先ずは全員で参道を通り拝殿へ向かった。途中にはお土産を売っている店や屋台がいくつも並んでおり、同じようにお参りへ向かう人で溢れている。油断すればあっという間に人の波に飲みこまれてしまいそうだった。
固まって話す海藤さんたちの後ろについて歩く。去年はあんな依頼があっただの、今年はこんな依頼をこなしたいだの、相変わらず仕事の話ばかりしている彼らの背中を見ていると自然と笑みがこぼれた。
その時だった。お参りを終えたのであろう団体が向かいからやってきてぶつかりそうになる。道をあけるべきだと思い避けようとするも、人の多さで上手くいかなかった。まるで波に飲まれるかのように押され、歩みを止められるどころか転びそうになる。視界を阻まれ、背の高い海藤さんたちの頭すらも見えなくなった。
このままではみんなとはぐれてしまう、と考えた時には既に遅かった。人ごみにバランスを崩され、大人数の力と重力に負けた私の体は倒れ込みそうになる。その瞬間、誰かが私の手を掴んだ。見慣れたグレーのスーツ。東さんだった。強い力で人の波の中から引っ張り上げられる。
「あっ、ぶねぇな……。おい。大丈夫か」
安心してしまい体の力が抜けた私は、縋りつくように東さんのスーツの裾を掴む。感謝の言葉も謝罪の言葉もどちらも言えなかった。東さんは掴んでいた私の腕から手を放すと、こちらに背を向けて拝殿の方向を見る。
「兄貴たち、先に行っちまったみてえだな。ったく……、人多すぎだろ」
東さんの言葉はまるで独り言のようだった。私は転びそうになった恐怖と、東さんに腕を掴まれた驚きと、二人っきりになってしまったという緊張で心臓があまりにも早く鳴り、頭が混乱していた。
その時、私の背中に後ろから歩いて来た人の肩がぶつかった。道の真ん中で立ち止まっていたため当然だろう。次から次へと押し寄せる人の波に体が押され、自分の意思とは関係なく足が前に進んでしまう。ひとまずは拝殿に向かって歩き続けなければ危ないと思っていると、こちらを見た東さんと目が合った。
「東さん。とりあえず進みましょうか。真っすぐ行けば海藤さんたちと……」
合流できるかもしれません、と言おうとしたのと同時に、東さんが私の手に触れた。甲を包んでからそのままゆっくりと手を動かし指を絡め取る。驚きから言葉を失っていると、東さんは私の手を引きながら歩き始めた。
何が起こったのか分からなかった。再び人の波に飲まれないように、繋がった手がほどけないように、必死で東さんの後をついて行く。傍から見れば人間と犬が散歩している様子に似ているかもしれない。自分の顔がどんどん熱くなっていくのが分かり、その熱が伝染したかのように東さんと繋がっている手も熱く思えてくる。
「東さん、あの……」
思わず声を掛けると、東さんは軽く振り向いてこちらを見た。
「さっさと歩けよ。兄貴たちに追い付けねえぞ」
東さんはそっけない態度でそれだけを言うと、再びこちらから顔をそらして前を向いてしまう。握られた手がキュッと締まったような感覚がし緊張感が増す。良く見ると東さんの耳がほんのりと赤くなっていることに気が付いた。色づいた耳たぶ、後ろから見た輪郭のライン、触れ合っている少しかさついた指先。その全てが愛おしいと感じる。ああやっぱり私は、東さんが好きだと改めて思った。
2024年元旦の今日。私は初詣で神様に『今年も東さんとずっと一緒に居られますように』とお願いしようと思っていた。しかしその願いは神様に伝えても意味がないのだということにたった今気が付く。この願いはきっと、東さん本人に伝えなければ一生叶うことはないのだろう。
「東さん」
前に進み続けながら名を呼ぶ。東さんは声を出さずにこちらを一瞥して応えてくれた。まるで「なんだよ」とでも言っているような気がした。
「私、東さんと一緒に居たいです。今日も、明日も、このままずっと」
東さんは急に歩みを止め、私はそのまま東さんの広くて硬い背中に顔面をぶつけた。思わず「うっ」という間抜けな声が漏れ、自分の鼻の頭をかばうように押さえる。
「ちょっともう!急に止まらないでくださいよ!元旦から鼻血でも出たらどうするんですか!」
立ち止まりはしたもののこちらに背を向けたままの東さんを見上げながら言う。先ほどはほんのりと色づいていた程度の耳が、今度は見たことがないくらいに真っ赤になっていることに気が付いた。微かに見える頬のラインも色づいているように見える。恐らく私以上に顔を赤くしているのだろう。思わず「ふ」と小さく吹き出した。
「オイコラ……、何笑ってやがんだ」
東さんは振り返ると、私の頭の上に手を置いてそこをぐしゃぐしゃと混ぜる。元旦から東さんに会えると気合を入れてセットしてきた髪を台無しにされ文句を言いたくなるも、東さんの顔は私が想像していたよりもずっと赤く、あまりの愛しさに何も言えなくなってしまう。
私たちはそのままもう一度手を繋いで再び歩き始めた。散歩している犬のようだった先ほどとは違い今度は二人並んで歩く。太く長い指が私の指に絡まり、胸の奥が狭くなった。
『東さんと一緒に居たい』という私の願いに東さんはいつまで経っても返事をしてくれない。しかし真っ赤に染まった彼の顔が全ての答えのような気がする、などと都合よく解釈したくなってしまった。
- おまけ -
「ったくよぉ……。あいつらせっかく二人っきりにしてやったってのに手ぇ繋いでるだけかよ、まどろっこしい。東の野郎、キスの一発や二発かましてやれってんだ」
「いやいや、東はそういうことするタイプじゃないでしょ。海藤さんが一番良く知ってるじゃん、そのへんは」
「ちょっと海藤さんに八神さん?二人とも声おさえて。あんまり大きな声出すと見つかっちゃうよ。ねぇ九十九君?」
「青春ですなぁ……、ヒッヒッヒッ……」
(2024.1.1)