悪意はあでやかに
男性という生き物は女性のどういった部分に欲情するのだろうか。やはり胸だろうか。それともお尻か、脚か、はたまた他の部分か。この場合『部分』というより『部位』と言った方が正しいのかもしれない。
東さんはこういった話をすると大体いつもはぐらかして、私に答えをくれない。「女がそんな話するんじゃねぇ」とか説教じみたことを言われることも少なくなく、東さん以外の男の人にこんな話するわけないと反論してもきっと信じてはくれないんだろう。
例えば東さんが「胸だ」と言えば私はデコルテを綺麗にケアして胸元の開いた服を着ていくし、「尻だ」と言えばヒップラインがよく分かるようなセクシーな服を選ぶし、「脚だ」と言えばミニスカートを穿いて彼の前で妖艶に脚を組み替えたりするのに、なんて考える。東さんがこういう色仕掛けに引っ掛かってくれるかどうかは別として。
この日も私は新しく買ったばかりの服を着て、東さんに見せびらかすためにシャルルに行った。私には最早、東さんの好みが分からないため、今回の服は完全に自分の好みだけを詰め込んだ物にした。お腹の部分が見えるか見えないかという微妙な短さのトップスはオフショルダーのため肩と鎖骨部分が大きく見えている。ボトムは少し硬めの素材で出来たスカートだが下着が見えそうな程の短さでもないし、ヒップラインが強調されるような形でもない。
シャルルの従業員さんに軽く挨拶をしてから控室の扉をノックもなく開ける。東さんは相変わらず暇そうにしていて、ソファに浅く座り脚を組んで煙草をふかしていた。片手にはスマホが握られており、何を見ているかは知らないが明らかに退屈そうな表情だ。
「見て!新しい服。昨日買ったんです。どう?」
挨拶もなしに立て続けに言うと、東さんは一瞬目を丸くしてからすぐにそれを細め、睨むように私を見た。これみよがしにハァと大きな溜息をつき煙を吐き出すと、指に挟んでいた煙草を灰皿に押し付けて消し潰す。
「お前はいっつも、“見せすぎ”なんだよ」
東さんはもう一度大きな溜息をつくと、その場に立ちあがりジャケットを脱ぎだした。そしてそれを乱暴に私の方へ放る。反射的にそれを顔面で受け止めると、煙草のにおいや、東さんがいつも使っている整髪料のにおいでいっぱいになる。
「それ、着とけ」
顔に覆いかぶさっていたジャケットを剥いで東さんの顔を見ると、心底呆れているような様子だった。その態度に思わず苛ついて、無意識に眉間に皺が寄る。私は持っていたジャケットを捨てるように床に落とした。
この人は、私が胸を出そうと、お尻を出そうと、脚を出そうと、肩を出そうと、お腹を出そうと、何もかもが通用しない。こうなったら全裸で迫ってやろうかとも思うが、恐らくそれは一番の悪手だろう。私がいくら東さんに欲情したとしても、東さんは私に手を出しては来ない。こうなったらもう私から手を出すほかはないのだろうと強く感じた。
大股で東さんに近付くと、目の前まで行ってその顔を見上げ睨みつける。東さんは困惑した様子で眉間に皺を寄せていた。私はその肩を掴んで思い切り力を込める。東さんの体はバランスを崩しソファに倒れ込んだ。古臭いソファが埃を吐き出し、窓もなく換気の悪い控室に舞い散っていく。
何の言葉も発さないまま、私は東さんが着ているシャツのボタンに手をかける。東さんはシャツのボタンを上から4つほどはずして着崩しているため5つめのボタンから外しにかかった。途中、東さんに腕を掴まれその行為を止められる。
「おい、、なにしてんだ、馬鹿」
「脱がせようとしてるに決まってるでしょ。東さんも、ほら、ぼさっとしてないで私のこと脱がせてください」
東さんの腕を振り払い、6つ目のボタンを外しにかかる。大きく厚い胸板が見えて来ると高揚感が増し、ああ、自分はなんてはしたない女なのだろうと自虐的に思う。でも全て東さんが悪い。私がどんな服を着たって、何をしたって、私に触れてくれないのであれば、もう私から襲うほかないじゃないか。
もどかしさを感じ、ボタンを全て外し終わる前にシャツの隙間から手を差し込んで東さんの肌に直接触れる。それと同時に、自身の首の後ろに手が回されたのが分かった。それは東さんの手で、彼の大きな手では私の首など片手で簡単に締め上げられてしまうのではないかと思う。
東さんは私の首に力を込めて自分の方へ引き寄せると、顔を近付けて呟いた。
「今まで我慢してきてやったのに、人の気も知らねえで」
その言葉も意味も、東さんの切なそうな表情も、私には理解出来なかった。「今まで我慢してきてやったのに」という彼の言葉は恐らく“私に手を出さないように我慢してきた”ということなんだろう。私にはその「我慢」の意味が分からなかった。私に触れて、キスして、抱きたいと思っていたのならさっさとしてくれれば良かったのに、と感じる。
「なんで我慢なんかするんですか。そんなのいらない」
思いを率直に口にすると、東さんはチッと大きく舌打ちをした。
「うるせえ。ムードもクソもねぇなてめえは。普通は、……こっからだろ」
私の首の後ろに回されたままの手に再び力が込められ、距離がさらになくなる。東さんは顔を少しだけ斜めに傾けると、そのまま私に噛みつくようなキスをした。東さんの手は私の耳の辺りに移動し、大きく太い指に髪が絡まる。重なった口唇は何度も甘噛みされ、お腹の辺りが締め付けられるような感覚がした。
ああ、私、やっと東さんに触れてもらえたんだ、やっと東さんとキスが出来たんだ、そう思うとなんだか泣きたい気持ちになってくる。それと同時に自分の中の嬉しい気持ちと卑猥な気持ちとが押し寄せ、胸がいっぱいになった。
東さんの大きく熱い手のひらが私の肩に触れ、鎖骨に触れ、そのまま胸に触れる。あ、そういえば外に従業員さんが居るの忘れてた。まぁ、いっか。
(2023.8.25)