※人体を傷付ける(ピアッシング)描写有り

破瓜

 徹は変わった。ずっとかけていた細いフレームの眼鏡はいつのまにかサングラスに変わっていたし、明るかったスーツの色も暗くなった。もちろん見た目だけじゃない。昔はまるで少年みたいに無邪気に笑う奴だったのに、ここ最近は眉間に皺を寄せてフンと鼻で笑うようになったし、言葉遣いもぶっきらぼうになった。極道の世界に染まり切ってしまったということなのだろうとはじめこそ思っていたが、その変わりようはあまりにも早かった。

「ピアス、あけてくんねぇか」

 ある日、私の部屋を訪ねて来た徹は眉間に皺を寄せ不機嫌そうに言った。何を言われたのかが分からず、すぐに返答出来ない。あの徹がピアスを?心の中で独り言ちる。極道の人間は必ず入れているであろう刺青ですら苦い顔をしていた徹が『ピアスをあけてくれ』と私に頼んでいる。その現実に驚いた。

「おい。聞いてんのか、

 いつまでも何の応答もしない私にいらだったのか、徹はこちらに顔を近付け名を呼んだ。たったいま目が覚めたかのようにハッと息を飲む。動揺していることを徹に悟られたくなかった私は、平静を装った。

「いいよ。ロブにあけるの?ピアッサーとニードルどっちがいい?」

 問いに徹は眉間の皺を深くし、首元に手をやりながら「よくわかんねぇから任せる」と呟いた。

 ピアッシングは医療行為にあたるため本来であれば病院などに行った方が良いに決まっている。しかし私は徹に頼られたことが嬉しくて、『私に頼むんじゃなくて病院とか行けば?』という言葉を飲み込んだ。棚の中から昔買った未使用のニードルを取り出す。初めてのピアスなのであれば無難にロブ、つまり耳たぶにあけるのが良いだろう。ビニールの袋に入れられている針を取り出しながらなんとなく徹の顔を見ると、ひどく狼狽えているような表情だった。

「お、おい。いきなりそんな太い針刺すのかよ」

「ええ?これ一番細いやつなんだけど。いいから、ここ座って。耳こっちに向けてよ、ほら」

 すぐ近くにあった椅子に座るように促しながら半笑いで言うと、徹は馬鹿にされていると思ったのかまるで子供のように口を尖らせ、何も言わずに椅子に腰を下ろした。手を伸ばして徹の耳に触れる。緊張しているのか熱く、ほんのりと赤くなっていた。柔らかい耳たぶ。反対に固い軟骨。形の良い耳に私はひどく欲情した。例えばここで愛の言葉を囁いたら徹はどんな顔をするんだろうか。

 針を消毒してから先端を耳たぶにあて、そのまま突き刺す。時間をかければ痛みを感じやすくなってしまうだろうと思い一気に針を押し入れた。血は出ていないし、徹からは痛みを訴えるような声もない。柔らかな皮膚に針はすんなりと刺さり、貫通した。

 あけたホールにファーストピアスを差し入れ、針を抜く。「はい、できたよ」と言ってから肩を叩くと、徹の丸い瞳がこちらを見ていた。あっという間の出来事だったため驚いているのだろう。徹に鏡を渡すと、今度は不思議そうな表情をして自分の耳を見ていた。あまりにも無垢なその様子に自然と口角が上がってしまう。徹の耳はとても綺麗な形をしているため、耳たぶにもうひとつくらいピアスをあけたらバランス良く見えるかもしれないとぼんやり考えた。

 先ほどまでほんのりと赤く染まっていた耳は、何事もなかったかのように元の姿に戻っていた。耳たぶにきらめくピアスが妙に眩しい。私が知っている格好良くて、それでいて可愛くて憎めなくて、この世の誰よりも大好きで大切な徹が知らない人に変わってしまうような気がして、ひどく寂しくなる。

「私、徹のこと傷モノにしちゃったね。責任取らなきゃ」

 徹の頬に触れ、顔を自分の方へ向けさせると至近距離で目が合う。髭がうっすらと残る顎を持ち上げると、そのまま口唇を塞いだ。肩を掴んで力を込めて押すと、徹の体は大きな音と共に椅子ごと床に倒れ込む。馬乗りになって、まるで獣のように口唇に噛みついた。胸倉を掴んで自分の方へ引き寄せるとキスが深くなる。

「馬鹿、テメ、、なにしてんだ」

 口唇と口唇の隙間から徹の声が漏れ出す。私はジャケットのボタンを乱暴に外した後、今度は引き裂くぐらいの勢いでシャツのボタンを外し始める。徹の太い鎖骨が蛍光灯に照らされて、私の目にはひどく艶めかしく映った。

「ぜんぶ徹が悪いんだよ。一人だけ勝手に変わっちゃってさ。私のこと置いていかないでよ」

 視界が歪む。自分の目から涙がこぼれそうになっていることが分かった。胸倉を掴んだまま徹の顔を見下ろす。

 徹の耳にあけた穴はあまりにも大きく深いものに思えた。これで徹は昔の徹ではなくなってしまったと感じた。人を傷付けることを躊躇ってしまうようなまるで極道に向いていないであろう優しい徹が、大好きな徹が、どこか知らない世界に行ってしまうような気がした。

 ふと気が付くと徹の手がこちらに伸び、私の顔に触れていた。涙に濡れた頬をなぞるように動く指先のあたたかさは昔と変わっていないように思える。いや、私が“そう思いたい”だけなのかもしれない。彼を愛するのも彼を傷付けるのもこの世に私だけでいい。今までもこれからも、徹に穴をあけるのはこの世で私だけでいいんだ。そう強く感じる。

「俺がお前を置いてくわけねぇだろ」

 徹はそう言ってから「だから、やめろ」と小さく付け足した。頬を伝う涙が口唇までをも濡らす。私は舌を出し自分の口唇を舐めると、徹に再びキスをした。やめられるわけがなかった。本当にやめて欲しいのなら私を殴ればいい。罵声を浴びせて思いきり突き放せばいい。優しい徹がそんなことをしないと確信している自分が、あまりにも卑怯で醜く思えた。


‎(2023‎.10.31)‎