海藤正治による東徹の観察記録
東徹という男は俺が松金組に居た頃の舎弟で、組を抜けてからも俺を兄貴と慕ってくれている。俺はこいつが女と一緒に居るところを見たことがないし、風俗どころかキャバクラで遊んでる姿すらも見たことがない。初めはもしかして女に興味がないソッチ系かと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
ここ数年東は、ちゃんという女の子に入れ込んでいる。ちゃんはミレニアムタワーの近くにある小洒落たバー(店の名前は忘れちまった)で働いている店員さんで、風俗嬢でもキャバ嬢でもない。二人はそれなりの長い腐れ縁らしいが、俺が見る限り東は相当ちゃんに惚れてるし、ちゃんも満更でもなさそうに見える。
シャルルに顔を出したついでに「お前最近ちゃんとはどうなんだよ」と聞いてみたが、東は特に表情も変えずつまらない顔をしているだけだった。
「どうって……何がですか」
「馬鹿野郎。そりゃおめぇ……アレだよ。どこまでいったんだっつー話よ」
そこまで言うと東にも質問の意味がやっと分かったのか、あからさまにそわそわし、髪の毛をいじくり出す。
俺が聞きたかったのはとりあえずキスはしたとか、一回ホテルに連れ込んで抱いたとか、ねんごろな関係になったとかそういう類の話だ。まさか手を繋いだだとかどこぞの中坊みたいなこと言わないだろうな、と思ったが、今まで女の影すら見えなかった東なら言い出してもおかしくないような気もしてくる。
「やめてくださいよ……。とは……、別に」
下を向きながらそう言う東に“嘘をつくのが下手だな”とつくづく思う。こいつはちゃんの名前や、ちゃんが働いてるバーの名前(俺は忘れちまったけど)が話題に出ればあからさまにそわそわしたり、見たことがないくらい優しい表情をしたり、俺から見れば“ちゃんに惚れてる”と顔に大きく書いてあるようなもんだ。
「東さーん!居ますー?」
シャルルに大きく高い声が響き渡る。コツコツとヒールが床にぶつかる音がし、その方向へ振り返ると女の子の姿があった。噂をすればなんとやら。ちゃんはこちらに向かって片手を上げ、大げさな挨拶をして見せる。
「あれ、海藤さん!お久しぶりです!」
俺の顔を見るなりちゃんはそう言って軽く頭を下げる。俺は返答しようとしたが、そんな隙もなくちゃんはすぐに東の方へ近づいた。
「東さん、最近全然お店に来ないけど、どうかしたんですか?」
「別に……なにもねぇよ」
「なんだ。なら良かった。体調でも悪いのかなって心配してたんですよ」
俺の目には、心配するちゃんに対して東の態度が妙にそっけないように見えた。さてはこの二人、俺が知らない間に何かあったな?と直感する。勘でしかないが、何か今までの二人にはないようなことが起きたことは間違いない。それが前進なのか後退なのか傍からでは分からないが、少なくとも二人が纏う雰囲気は今までのものとは明らかに違う。
「明日は私、店に居るから来てください。東さんが来ないとつまんないし。一杯おごりますから。ね?」
ちゃんはそう言って、東の二の腕辺りに軽く触れながら身を寄せた。東は平然を装おうとしていたようだったが、明らかに目が泳いでいたし、顔も少し赤いように見える。
「……分かった。行けば良いんだろ。その言葉忘れんなよ」
東がそう言うとちゃんは嬉しそうに満面の笑みを見せ「じゃあお疲れ様です!」と挨拶をしながら足早にシャルルを出て行った。急に現れて、好き勝手喋り、すぐに消えるちゃんの自由奔放さには呆気に取られることが多いが、東はちゃんのああいう所に惚れてるんだろうな、と考えると微笑ましい気持ちになってくる。
去り行くちゃんの後ろ姿を優しい微笑みで見送る東は、どうやら俺がすぐ傍に居ることをすっかり忘れていたようで、ハッと息を飲んだ後にすぐに表情を元のつまらない顔に戻す。
「兄貴……、なにニヤニヤしてんスか……」
初々しい二人の様子に、俺は口角が上がり目尻の下がっただらしない顔になっていることを自覚する。それを隠すこともしないまま、笑いながら「べつにぃ?」とだけ呟いた。
(2021.11.2)