何をおいてもあなただけ

 東さんにバレンタインのチョコレートを贈った。有名な洋菓子店である『エクレール・ブリアン』のバレンタイン限定品で、大型商業施設のイベント会場で購入した物だ。手作りに比べれば労力は少ないが、気持ちはしっかりとこめてある。その限定チョコレートにはナッツやピスタチオなどスタンダードなフレーバーから、強いお酒を使った大人向けの物まで様々入っており、お酒を嗜む東さんなら喜んでくれるだろうと考え選んだ。

 チョコレートを渡すと、東さんはいつも通りシャルルの控室にあるソファに座り煙草をふかしながら「おう」とだけ返事をした。そっけない応答に一瞬戸惑ったが、よく見ると瞬きが多く、目が少し泳いでいるように見える。きっと喜んでくれているのだろうと自分を納得させた。

「なに持ってんだ?」

 ふと、東さんが私の手元を顎でさす。普段お世話になっている人にささやかな贈り物をしようと、気を遣わせない程度の小さなチョコレートのいくつかを紙袋に入れて持ってきていたのだが、東さんはそれが気になったらしい。

「みなさんに渡そうと持ってきたんです。海藤さんとか、八神さんとか……。あ、そういえばいま杉浦さんって何処に行けば会えるんでしょうかね。まだ神室町に住んでるのかな……」

 後半はほとんどが独り言のような言葉。そこまでを言ったところで、バン!、という大きな音に話を遮られる。紙袋の中身を確認しながら喋っていたため、その音に驚き顔を上げると、すぐ目の前に東さんが迫っていた。先ほどの音は東さんが私の背後にあるドアに手をついた音のようだった。

「いま、なんて言った?」

 東さんはどうやら怒っているようで眉間の皺をこれでもかと深くしてこちらを見下ろした。彼が機嫌を損ねる理由が分からず、混乱する。

「え、いや、杉浦さんっていま何処に居るんだろうって話を……」

「違ぇよ。その前だ」

 その前、という言葉の意味が理解出来ない。返答に手間取っていると、東さんは呆れたように大きなため息をつき、こちらにグッと顔を近付けて凄んだ。

「海藤の兄貴ならまだしも、八神に渡すってのは聞き捨てならねぇな」

 心の中で、あ、と小さく声を上げた。以前から感じていたことではあるが、東さんは八神さんの名を出すと噛み付いてくることがある。分かりやすく言うなれば嫉妬だ。東さんは八神さんに嫉妬している。これを本人に言ったらきっと「嫉妬じゃねぇ」なんて大きな声で反論するのだろうけど。

 私と八神さんは顔見知り程度ではあるもののそれなりに交流もあるので、何を今更言っているのだろうという気持ちもなくはない。しかし好きな人がやきもちを焼いてくれるという事実は嬉しくないわけがなかった。思わず上がる口角がおさえられず、私は東さんを見上げる。

「心配しなくても、私の本命は東さんですよ」

 そう言ってから東さんの左胸に手をあてた。心音は落ち着いているようで力強く、確実に私の手のひらに伝わってくる。東さんは眉をピクリと動かし、ただでさえ深い眉間の皺を深くしてから「サラッと言いやがって」と低く呟いた。大きな手が伸びて来て、太く長い指が私の顎を掴む。



 東さんが私の名を呼ぶ。返事をするよりも早く、ぶつかり合うように口唇が重なった。チョコレートのような甘さなど微塵もない。むしろ煙草のような苦い香りがする乱暴なキスだった。

「本当に、嫌な女だよテメェは」

 東さんは相変わらず不機嫌そうな顔のまま囁く。手の力が抜け、持っていた紙袋が床に落ちる音が聞こえた。


‎(2022‎.‎2‎.‎14‎)‎