※夢主がモブから暴力を受ける描写有り

苦悩と憂鬱に溺れて

 暴力を受ける場合は大体が平手だが、今日は生まれて初めて拳で殴られた。受けたほうがこんなにも痛いのだから、きっと相手の手だって痛いだろう、なんてことをぼんやりと考えてしまう。

 私を殴ったのはRKのメンバーで名すらも知らない男。有名企業の要人にハニートラップを仕掛け弱みを握るという作戦に駆り出された私は、それをうまくこなすことが出来なかった。そもそも私に女としての魅力があるとは思えない。強いて言うのならば少しばかり胸が大きいくらいだ。

 殴られた反動で転び、背中を打ったためその場から動けなくなる。私を殴った男や他のRKメンバーはいつの間にか部屋を出て行っており、自分以外には誰も居なくなっていた。

 なんとか上半身だけを起こし、殴られた頬に軽く触れる。今日もVIPルームに阿久津さんがいるはずなので、作戦失敗の報告と謝罪に行かなくてはいけない。また別の作戦を立てろと言われるだろうが、少なくとも私は今回の仕事ヤマからは下ろされるだろう。頬も体も痛むが、一刻も早く立ち上がるべきだと足元に力をこめる。

「あーあ……、なにしてんだか……」

 ふと気が付くと自身に影がかかっており、頭上から聞き覚えのある声が落ちてくる。自分のことばかり考えていたため、部屋に人が入ってきたことに今まで気が付かなかった。声の主はRKのボスである相馬和樹。顔を上げて相馬さんを見るといつものように口元をハンカチでおさえながら、哀れむような目で私を見下ろしていた。

「そ、相馬さん……!?」

 驚き、思わずその名を口にした。阿久津さんよりも先に相馬さんにこんな現場を見られるなんて最悪だ。そもそも相馬さんがメンバーの前に姿を現わすことが珍しいため、何故こんな所に彼が居るのかという疑問が沸き起こる。

 相馬さんは床に座り込んだままの私と目線を合わせるようにしゃがみこみ、膝をついた。

さん、ハニトラ失敗したんだって?聞いたよ」

 その言葉に心臓が一つ大きく跳ねた。もうすでに作戦失敗の報告が相馬さんの耳にも届いている。自分はどうなるのだろうという恐怖から相馬さんの顔を見ることが出来ず、目を伏せると、相馬さんの手が伸びてきて、私の頬に触れた。先ほど殴られた傷が痛み、目を細める。

さんは物分かりも聞き分けも良いし、従順だし、美人だし……、本当、……使えない女だよな?」

 相馬さんは私の顔を引き寄せると、頬の傷の部分に口唇を落とす。彼が口にした言葉とその行動はまるで正反対のように思え、混乱した。

 何の言葉も返せないでいると、相馬さんはその場に立ち上がり、右足を前に出した。

「ほら、舐めろよ。そうすれば許してやってもいい」

 相馬さんが差し出した右足は、高そうな紳士靴が部屋の照明を受けて光り輝いている。磨き立てなのか、おろしたてなのかは分からないが、少なくとも私がそれを舐めることによって汚れてしまうことは明らかだ。それなのに相馬さんはこの靴を舐めろと言う。私の汚い舌を這わせろと言う。

 恐る恐る手を伸ばし、相馬さんの靴に触れた。このまま顔面を蹴り飛ばされるのではないかと思ったが、相馬さんは微動だにしない。ふと見上げると、相馬さんは無表情のまま私を見下ろしていた。その目は“早くしろ”と訴えている。

 口唇を開き、舌を出す。何故か私の舌はじっとりと濡れていて、まるで腹をすかせた醜い獣のようだと思った。舌先を靴に触れさせ、そのままゆっくりと上へ向かって靴を舐める。なんの味もしなかったが、私はひどく興奮していた。靴を舐めるというただそれだけの行為に、何故こんなにもいやらしさを感じるのか。

 次の瞬間、頭上から伸びてきた腕が私の脇腹あたりに差し込まれると、無理矢理に立たされる。相馬さんはそのまま私の背中に腕を回し、骨がミシミシと音を立てているのではないかと錯覚するほどに強く抱きしめた。

「本当、可愛いなぁ……、さんは」

 大体の女性であれば嬉しさを覚えるであろうその言葉も、私は素直に喜べない。相馬さんが可愛いと思っているのは“しもべ”としての私だ。命令を良く聞き、一切口答えせず、靴を舐めろと言われてもその通りにする。そんな“イイ子”な私を可愛いと言うのは、相馬さんにとってペットを可愛いと言うのと同じことだ。

 相馬さんは私の頬に触れ、円を描くようにそこを優しく撫でる。微笑んでいるのに、目は笑っていないように感じた。

さんはずっと俺の傍に居ればいいよ。ずっと俺のことだけ考えて、俺の靴だけ舐めてりゃいい。……だろ?」

 端から聞けば愛の告白のように聞こえるかもしれない。けれどこれは愛の告白なんかじゃない。主が奴隷に下すただの“命令”だ。奴隷である私は、彼の傍に居たいと、彼に抱きしめられたいと、彼の靴を舐めたいと、そう思ってしまった。


‎(‎2022‎.1‎.‎23‎‎)‎