仮面の街

「私、ジェスターのこと好きじゃないから」

 たまり場として使っている廃墟となったラブホテル。そこにあるキングサイズのベッドに寝そべりながら彼女は言った。

 メンバーの中では珍しい派手なデザインの仮面をつけている彼女は、窃盗団の中でも浮いた存在だった。頻繁に口にする台詞は僕に対する嫌悪の言葉。好きじゃない、気に入らない、仲良くする気なんかない。そんなようなことをまるで口癖のように、何かを確認するように声に出して僕に聞かせる。はっきり言ってもう聞き飽きた。

「君ってほんと、しょうもない嘘ばっかりつくよね。そういうとこ僕は嫌いじゃないけど」

「私は好きじゃない。嘘じゃない」

「……うん。いいよ、それでも」

 ベッドに片膝を乗せると、古いためか耳障りな音がする。そのまま両手をついて這うように彼女に近付いた。なんだか妙な息苦しさを感じ、暑い。いやこの場合は“熱い”と表現するのが適切なのだろうか。

 ジャケットを脱いでベッドの外に放ると、床に溜まったほこりが宙を舞っているのが分かった。素早く手を伸ばし彼女の仮面をはぎ取って投げ捨てる。何度か見たことのある素顔は相変わらずの冷めた目付きで、困惑しているわけでも怒っているわけでもなさそうだった。僕は自身の仮面を同じように外し、ベッドの上に落とす。“本当の顔”で目が合った。

 彼女の本当の顔を知っていても本当の名は知らない。何処に住んでいていつ窃盗団のメンバーになったのかも知らない。知っているのは顔と声と肌と、僕のことが好きで好きでたまらないということだけだ。

「ちょっと、ジェスター、待って」

 半ば覆いかぶさっているような体勢の僕に彼女が言う。体を押し返そうとしているのか僕の肩に手をあてている様子は“必死の抵抗”をしているように見える。そう、“見える”だけだ。本当に心の底から僕のことが「好きじゃない」のならばはっきり「嫌い」だと言えばいい。殴るなり刺すなりの抵抗をすればいい。しかし彼女はそれをしない。

「待てないよ。分かってるでしょ」

 そう言って彼女の頬を撫でると、顔がほんのりと赤くなる。目を細めて恍惚としているような表情を浮かべたかと思うと、今度は僕を誘うように妖しく微笑む。そんな表情をされてしまってはもう退けるはずなんかない。きっとこの人は何もかも分かってやっているんだ。

 頬に触れていた手で今度は顎を強く掴む。嘘はもうやめて、今すぐ僕を好きと言って、鬱陶しいくらい僕を求めてよ。そんな想いを込めながら噛みつくように口唇を塞いだ。隙間から舌を滑り込ませて甘く噛む。卑猥な音が埃っぽい部屋に響き渡った。

「ん、」

 どちらのものかも分からない声が漏れ、気持ちが昂る。服の裾から手を滑り込ませて触れた肌はまるで人形のように冷たく無機質で、それでいて湿度を帯びていた。

 酒のような香水のような妙な香りでめまいがしてくる。どういう順番で、何処を、どんな風に触れれば喜ぶのかとかそんな無駄な情報ばかりが手に入ってしまい、彼女の名を知ることなんか出来ないんだろう。きっと、今夜も。


‎(2022‎.2‎.‎2)‎