ヴァンパイア
心から大切に想っている人にはいつだって穏やかに、美しく笑っていて欲しい。そう思うのに何故だろう。さんを見ていると自分とは違う人格の感情が湧き上がってくるような気持ちになる。半ば無理矢理に口唇を塞いで、細い腕を取って押さえつけて、自分の下で組み敷いたら、その綺麗な顔を他の誰にも見せられないようなふしだらなものにしてやりたくなる。僕はたぶんおかしくなってしまったんだ。
汗をかいているのかさんの額に髪がはりついていた。それを優しく退かしてから頬を撫で、首元に手を這わせる。斜め前方へ向かって体重をかけると迫りくる濡れた壁を押しのけて奥へ奥へと進んでいく感覚があった。さんは小さく声を上げ、行き止まりまで到達した僕はゆっくりと体を揺らし始める。
「、さん、こっち、見て」
息が上がり、途切れ途切れで問いかける。まるで吸い寄せられるかのように自然と口唇が重なった。完全に一つになっているような感覚に気持ちが昂る。小さな肩を掴み、吸血鬼のように彼女の首に深く噛み付いた。歯を立て、その上で肌を強く吸う。甘く切ない声と共に中が強く締まった。
さんは眉間に皺を寄せながらも、恍惚とした目を僕ではないどこか別の場所に向けている。噛み付いた首には赤い歯型がくっきりと残っていた。
この人は余裕があってそれでいて隙がなくて、完璧な女性に見える。そんなさんに、僕の手によってみっともない姿になっている所を見せて欲しいと強く思う。この感情は一体何なのか自分でもまるで分からなかった。
さんは浅く呼吸をしながら逃げるかのように身を退こうとしている。それを許すまいと腰を掴み自分の方へ強く引き寄せた。だらしなくゆるんださんの口元から息が詰まったような短い声がこぼれ、その口唇を塞いでやりたいという気持ちになる。
「ねぇ、さん、こっち見てってば……。逃げちゃ、ダメ」
耳に口唇を近付け低く囁く。さんは未だに僕から逃れようと弱々しく身じろぎをし、いつまでもこちらを見ようとはしなかった。
「わたし、もう、気持ちよすぎて、無理」
吐息交じりの途切れ途切れの言葉は煽りにしか聞こえなかった。顎を掴んで無理矢理に顔をこちらに向かせる。涙の溜まったいやらしい瞳が、僕を見た。
「こっち見ろって、……言ってるだろ」
まるで独り言のように呟いてから何度も奥を突くと、さんは僕の体にしがみついた。可愛らしい色をした長い爪が食い込み、僅かながら痛みを感じる。小さな刺激と共に何かがこみ上げてくるのを感じた僕は奥歯を噛みしめ、そのまま果てた。
一気に体の力が抜けて、さんの上に覆いかぶさるように倒れ込む。彼女の首に赤く残った歯型が目に入り、僕はそこへ口唇を落とした。さんはくすぐったいのか小さな声を上げながら自身の顔を隠そうとする。その姿がひどく愛おしく、いじらしい。さんの手を取って再び押さえつけ、今度は反対側の首に噛みついてやろうかと考えた。
僕の名を呼んで欲しい。僕の手で気持ち良くなって欲しい。僕のものでその綺麗な顔を汚させて欲しい。そんな風に考えてしまう僕はやはりおかしくなってしまったんだ。自分が狂っていく感覚すらも彼女の前では心地良くてたまらなかった。
(2023.10.22)