麝香漂う中で
細く長い指が私の手を掴んだ。引き寄せられ、指先に口唇が落ちる。ここ最近は酷く乾燥している気候であるはずなのに、杉浦くんのそれは私よりも潤っているように思えた。その柔らかな口唇が手のひら側へ移動し、指の付け根辺りの肉を挟み込むようにうごめく。目尻の下がった優し気な瞳が上目遣いで私を見た。
「さんってほんと……、いいにおい」
まるで独り言のように杉浦くんが囁いた。「いいにおい」というのは恐らく私が普段使っているハンドクリームのせいだろう。水仕事を頻繁にするわけではない私でもこの時期は指先が乾燥してくるため常用していたが、そのハンドクリームは杉浦くんが少し前にプレゼントしてくれた物だった。
「なんか、食べたくなっちゃうな」
そう言って優しく微笑んだ顔は、慈愛の裏に妖艶さをちらつかせているように見える。最初から私を食べるつもりでプレゼントしたんでしょうと思ったが、口に出すのが野暮に感じたためひたすらに黙っていた。
「ねぇ、何か言って。じゃなきゃほんとにこのまま食べちゃうよ? 」
杉浦くんの顔が一気にこちらに近付いてきた。
「私、きっと美味しくないよ」
呟きながら、私よりも遥かに潤った柔らかい口唇に噛みつく。貪り合うようなみっともないキスに甘い香りなどはもう感じない。重なり合った口唇の合間から吐息と声が漏れ出した。
「……嘘。美味しいよ、さんは」
杉浦くんの甘い言葉が頭の中に響いておかしな気分になってくる。今夜私は彼に食べられる。いや違う。私が彼を食べてやるんだ。
(2022.3.23)