※海藤視点

どいつもこいつも御両人

「お待たせしましたぁ!こちらチャンジャと大吟醸です!」

 腰を下ろしている俺の頭の上から元気の良い声が落ちてくる。振り返ると若くて可愛い居酒屋の店員がつまみと日本酒を運んできた所だった。先ほど注文したばかりなので少しも『お待たせ』していない。店員の決まり文句だろうと分かってはいるが、愛嬌の良い笑顔に自然と口角が上がってしまう。

 可愛らしい女店員は厨房に居る一人の男とアイコンタクトをした。その二人は同じぐらいの年齢に見える。俺には分かる。あの二人は出来てやがる。どうせこの居酒屋での仕事が終わったら二人で仲良く夜の街にでも消えるんだろう。

 この年になっていまさら恋愛をしたいだとか恋人が欲しいだとか、まるでそこらの女子大生みたいなことを考えてはいない。しかし俺だってたまには女くらい抱きたい。行きずりの女だとか風俗とかじゃない。惚れてる女をだ。それが駄目ならせめて女と一緒に酒を飲みたい。しかしたった今、そんな風に考えている俺の隣に居るのはどこぞの美女でも愛嬌のある可愛い女でもなく、杉浦文也という野郎だ。

 杉浦は異人町に住んでいるが、こうして俺の誘いには大体乗ってきてくれる。いつも朝まで連れ回して散々飲ませてしまうが、杉浦は文句を言いつつもいつも最後まで俺に付き合ってくれていた。東と同じくらいに気の置けない相手だ。

「なぁ、杉浦よぉ……」

 芯が入らない声で名を呼ぶと、杉浦はいつ注文したのかも知らない唐揚げを口に運びながらこちらを見た。もぐもぐと咀嚼しながら、優男の顔面にはとても似合わないビールジョッキを片手に「ん?」と声を出す。

 俺は今まで杉浦の浮いた話を聞いたことがない。整った顔をしているし性格も悪くないため女にモテないこともないとは思うが、もしかしたらコイツは異性に興味がないのかもしれない。

「お前、たまには女抱きてぇとか思わねぇのか?そういう話一切しねぇけど、どうなんだよ」

 杉浦は目を丸くしながら咀嚼を一度止める。ゴクリと音を立てて口の中の物を飲み下すと、どこか困ったような笑顔を見せた。

「海藤さんって、僕のこと妖精とか仏とでも思ってんの?性欲ぐらい僕にだって普通にあるよ」

 はっきりと『性欲』という単語が杉浦の口から出たことに面食らった。流石にコイツのことを性欲もクソもない妖精や仏だと思っていたわけではない。しかし『もしかしたら女に興味がないのかもしれない』と感じるくらいには、杉浦には遠い話題に思えた。

 そして同時になんだか微妙な気持ちになる。もしかしてコイツ可愛い顔してまぁまぁやることやってんのか。杉浦に対してそんな風に感じてしまった。それを口に出すことはなかったが、なんだかからかってやりたい気持ちになってくる。

「じゃあ最後に女とヤッたの、いつだよ?」

 遠回しに言う気も起きずストレートに訊く。返答の予想は『覚えてない』だとか『そんなこと訊かないでよ』だとかそんなものだろうと思っていた。杉浦はジョッキに口をつけビールを一口だけ飲むと、考えるかのように目線を上に向ける。

「えっと……、おととい、かな」

 杉浦の返答は俺の予想から大きく外れた。文字通り目玉が飛び出しそうなほどに驚き、俺は「はぁ!?」と大きな声を出してしまった。周囲に居る客や店員の視線が突き刺さったのが分かる。

「おとといって、誰と!?言っとくけど風俗は数に入れるんじゃねぇぞ!?素人だ素人!」

「ちょっと、風俗には行かないよ僕。彼女とだよ。てか彼女以外、誰とすんの?」

 純粋かつ強気な返答をされ呆気に取られる。そもそも杉浦に女が居たという事実をたった今知ったため驚きよりも頭を抱えたい気分になった。「お前、女居たのかよ」という独り言に近い言葉が無意識に口からもれ、杉浦は「いちゃ悪いの?」と言い呆れたように笑った。

 杉浦はジョッキをテーブルに置くと、何かしらのつまみを追加注文しようとしているのかメニューを開く。瞳をあちこちに動かしているその横顔を見ながら考えた。コイツと付き合っているのはどんな女なんだろう、と。

「なぁ杉浦、お前の彼女どんな子だよ。写真とかあんだろ?見せろよ」

 テーブルに身を乗り出し顔を近付けて言うと、杉浦は持っていたメニュー表を置き、自身のスマホを取り出した。画面に指を滑らせ軽く操作をした後、スマホごと俺に寄越す。

 画面には一人の女が写し出されていた。ふとした瞬間を写真におさめたのだろう、女はポーズを取ることもしていない。場所はカフェか何かのようだ。向かいに居る杉浦を優しい瞳で見つめている、そんな写真だった。

 女はとても綺麗な顔をしていた。目鼻立ちがはっきりとしていて、姿勢よく座るその姿から凛とした雰囲気を感じる。化粧も服装も決して派手ではないが目をひく華やかさがある女だった。

「この子の名前は?」

 『めちゃくちゃべっぴんじゃねぇか』と言いそうになったが、なんだか癪に障って言葉を飲み込み、代わりに名を問う。杉浦は俺の手からスマホを奪うと、画面を見ながら弱く口角を上げた。

「名前はさん。横浜市内で会社員してる」

「年は?」

「僕の一個上」

「どこで出会ったんだよ、お前ら。付き合ってどんくらいだ?」

「えっと確か……、ってなにこれ。取り調べ?」

 眉間に皺を寄せながらもどこか幸せそうに笑う杉浦の様子を見ながら、微笑ましいような腹が立つような不思議な気持ちになった。本人からしてみれば自分の恋人の話をしているだけという認識なのだろうが、俺からしてみれば惚気ているようにしか見えない。

「このさんの、どの辺が好きなんだよ、お前は」

 杉浦に問い掛けた。例えば『胸が大きい』だとか『顔が好み』だとかそういう下心丸出しの返答をすればいいと思っていたが、杉浦は俺の思い通りに答えてはくれなかった。

「全部」

 考える時間もなく即答され、溜息をつきたくなる。コイツは何の害もなさそうな優しい顔をしながらも、このという女と毎日のように散々愛し合っているんだろう。それこそ俺にチャンジャと大吟醸を運んできてくれた女店員のように、愛する恋人とアイコンタクトをして言葉もなしに分かり合ったり、キスをしたり触れ合ったり、もちろんそれ以上のこともだ。

 この年になっていまさら恋愛をしたいだとか、恋人が欲しいだとか、まるでそこらの女子大生みたいなことは考えてはいない。しかし俺だってたまには女くらい抱きたい。行きずりの女だとか風俗とかじゃない。惚れてる女をだ。

「海藤さん、なんでそんなに落ち込んでんの?」

「うるせぇな。羨ましくなんてねぇよ。畜生」

 まるで心を読まれたような気がしてしまい、俺はテーブルに置いてあった日本酒を一気にあおり、胃に流し込む。杉浦は困惑したような声で「何も言ってないんだけど……」と口にした。

 いつしか杉浦の彼女だというさんとも顔を合わせる機会があるのだろうかとぼんやり考える。その時にもし『さんは杉浦のどの辺が好きなんだよ?』と問い掛けたら、同じように『全部』と即答されそうな気がする。ありもしないことを想像しながら、俺は大きな溜息をついた。


‎(2023‎.10.26)‎