夜、逃がすもんか

 杉浦くんから「買いたい物があるから付き合って欲しい」というような内容の連絡を受け取ったのは昼頃のこと。その日の夕方は何の予定もなかったため特に深く考えずにそれを承諾した。

 日が沈むよりも少し早い時間に私たちは横浜駅前で待ち合わせをし、杉浦くんは当然のように私よりも先に待ち合わせ場所に来ていた。顔を合わせるなり「何を買うの?」と尋ねたが杉浦くんはごまかすように曖昧な言葉を口にする。そして次に「じゃあ何処行くの?」と聞いたが、それも同じようにはぐらかされた。仕方がないと思い、黙ってついていったものの、駅から近い大きな商業施設やお洒落な雑貨屋さんなど、人が多い所をまわるばかりで杉浦くんはこれといった買い物をする雰囲気はなかった。途中立ち寄った聞いたこともないような店名の中華料理店に入り、夕食をごちそうしてくれた。

 すっかり夜は更け、横浜の夜景が美しく光り輝いているのが見える。結局あれこれとお店を見て回ったものの、杉浦くんは特に何も買っていないように見えた。「買いたい物があるから付き合って欲しい」と言われたから一緒に来たと言うのになんだったのだろう。もしかして自分の“買おうとしていた物”が見つからなかったのだろうか。

 そろそろお開きにしようかという雰囲気が漂い始めたその時、杉浦くんのポケットから低く唸るような音がした。それはスマホが着信を知らせるバイブ音で、杉浦くんはスマホを取り出すと画面を確認した後に、目を丸くした。

「……海藤さんだ。また飲みの誘いかな」

 海藤さんは杉浦くんの先輩で、神室町にある八神探偵事務所に所属している調査員だ。所長である八神さんと一緒に九十九課の手伝いに来てくれることが多く、私とも面識がある。杉浦くんは半分呆れたように笑って、私に「ごめんね」と断りを入れてから通話ボタンをタップした。

「もしもし。うん、どうしたの?……ああ、やっぱりそんなことだろうと思った。どうせまた朝まで飲ますんでしょ。勘弁してよ」

 どうやら電話の内容は杉浦くんが予想していた通り飲みのお誘いのようだった。以前、海藤さんに大量のお酒を朝まで一緒に飲まされ、翌日には大変なことになったという話を聞いたことがあった私は思わず吹き出しそうになる。笑っていることが杉浦くんにばれないよう、口元に手を当てて表情を隠した。

「いや、まぁ別にいいけどさ……、あ、でも今日は無理だよ。僕いまデート中だから。……うわ、ちょっと、急に大きな声出さないで。別にいいでしょ。詳しくは今度会った時に話してあげるからさ。ごめんね、うん、じゃあね」

 『僕いまデート中だから』。それに反応したのは私だけではなく電話の向こう側の海藤さんも同じだったようで、どうやら杉浦くんにあれこれ質問をぶつけて来たようだった。杉浦くんはそれを軽くいなし、問答無用で通話終了のボタンをタップする。

「……杉浦くん」

 思わず彼の名を呼ぶ。杉浦くんはすぐに反応し、スマホに落としていた目線をこちらに向ける。優しい声で「なに?」と口にしながら、軽く首を傾げ微笑んだ。

「今日のこれって……、デートだったの?」

 考えていた質問を率直にぶつけると、杉浦くんは先ほど海藤さんからの着信が来た時と同じように目を丸くしていた。そしてすぐにその表情を崩すと、目を細めながらこちらにゆっくりと近付く。

「僕は最初からそのつもりだったけど。さんは違うの?」

 すぐ目の前まで来た杉浦くんは私を見下ろし、それこそ本当に穴が開くのではないかと思うほどに見つめられる。その強い視線から目が離せなくなり、尚且つなんの言葉を返すことも出来なかった。杉浦くんはフ、と小さく笑い、額の辺りに手を当てる。

「あーあ……、本当はもうそろそろ帰してあげようかなって思ってたけど、そんなこと言われたらもう帰せないなぁ、今夜は」

 その言葉はため息交じりのように聞こえた。そしてスマホの画面を確認し、それを私にも見えるように差し出す。画面には21時31分という現在時刻が大きく表示されていた。

「じゃ、今から僕たちの初デート、やり直そうか。終電までまだまだ時間あるし。……さん、付き合ってくれるよね?」

 杉浦くんは囁くように言うと、私の肩に手を置いて顔を近付ける。にこやかな表情の裏側に、終電なんかで帰すつもりなんかないけどね、というような言葉が見えた気がした。


‎(‎2022‎.‎4‎.‎7)‎