ネプトゥーヌス - 8
いついかなる時でも波の音だけが響いてくる海岸沿い。家の裏口から外に出てビーチを眺めると夕日が沈みかけた水平線が言葉にならないくらい美しかった。
僕がずっと暮らして来たこの汚い空き家でも一緒に暮らし始めた。どこかから買ってきたタコス。彼女が作る豆と肉のシチュー。一緒に食事をとり、夜は同じベッドで眠った。幼い頃と同じように。
海の美しさに気を取られながらも、の姿が見当たらないことに気が付きどこにいったのだろうと考える。もう少しすれば日は沈み切りこのあたりも肌寒くなるだろうし、その前には家に入っていた方が良い。裏口から出た僕はそのまま砂浜の上を歩き、周囲を探す。すると、すぐ近くにある骨組みだけになった廃墟の、少し影になったところにひっそりと作っていたショーンのお墓の前にを見つけた。膝をつき体の前で祈るように手を組んでいて、目を閉じたその顔は何かをショーンに話しかけているような気がする。
何も言わずの隣に腰を下ろし、ショーンのお墓をジッと見つめる。供えられている花はほとんどが枯れており頭を垂れ下げていて、新しい綺麗な花をどこかで手に入れなければと考えていると、僕の方を見ているの視線に気が付いた。同じように彼女を見つめ、何かを言いたげな表情に“どうしたの?”という言葉の代わりに両眉を上げて笑って見せる。
「ダニエルにお願いがあるんだけど」
控えめな態度でそう言うに対し、遠回しな言い方や前置きはどうでもいいと感じる。いまの僕はの願いなら何であろうと叶えてあげたいと思うから。
「ショーンの隣に私のお母さんのお墓、作ってもいいかな」
はっきり言って“なんだそんなことか”と感じる。のお母さん。確かメキシコ人で、僕とが出会う半年前に亡くなったと聞いている。僕たちは家族も居なければ、頼れる大人も居ない非力な子供だった。だからこそ出会い、惹かれ合ったのも必然だったのかもしれない。お母さんのお墓を作りたいだなんて、そんなお願い断れるはずもない。そう思いながら声を出さずにゆっくり頷くと、は嬉しそうに笑いながら「ありがとう」と呟いた。その笑顔と言葉に胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
その時、一つ思いついたことがあった。ショーンのお墓の隣にのお母さんのお墓を作るのならば、僕のお父さんと大好きな親友だったマッシュルームのお墓を作ろう。お父さんのお墓はきっとシアトルのどこかにあるのだろうけれど、ここにも作って毎日祈れるようにしたい。僕たち家族のお墓を作って、全員一緒にここで暮らしたい。
「僕もにお願いがある」
小さく呟くと、は僕の目を見ながら首を傾げた。
「のお母さんのお墓の隣に、僕のお父さんと、マッシュルームのお墓を作ってもいい?」
そう言うと、は少し目を丸くした後すぐに眉間に皺を寄せる。恐らく「僕のお父さん」という所までは理解出来たが、「マッシュルーム」が理解出来ていないのだろう。僕にとってのマッシュルームは世界一の犬だが、にとってのマッシュルームはキノコでしかない。
「マッシュルーム?」
案の定は不思議そうに首を傾げ問いかける。口を曲げたその表情がおかしくて、僕は思わず笑った。
「また今度話すよ。まだ話してない僕のこと、たくさん」
手を伸ばし、の頬に触れた。柔らかい感触の中にざらついた何かを感じて、恐らくは砂か何かだろうと感じる。
「寒くなる前に家に戻ろう」
立ち上がると、の手を引いて同じようにその場に立たせる。
今日は一晩中に聞いて欲しい。僕がこの世に生まれ、メキシコを目指し生きていたこと。お父さんとショーンとマッシュルームという大切な家族のこと。今までに出会った人たちのこと。そして、きみと出会いきみを好きになったこと。お父さんが生まれ、ショーンが目指したこの地で彼女とずっと一緒に生きて行こう。そう強く思いながら夕日に染まる海を眺める。メキシコの海と夕日に照らされたの横顔は息を飲むほどにとても、とても美しかった。
END