手取り脚取り気分次第

 ネイサンはいつも何かしらに怒っていて、イライラした様子で机を指で叩いたり、体を細かく揺らしたりする。私と一緒にツーホエールズダイナーのボックス席に座っている今現在だってそうだ。

 彼は脚をゆすっては時折こちらを軽く睨んでくる。私はと言うと、約束の時間からたったの五分遅刻しただけだと言うのにそんなに怒らなくても、と自分を棚に上げるようなことを考えていた。

「ねぇ、脚揺らすのやめてよ」

 いつも通りのトーンでネイサンに言う。先ほどから彼が足を小刻みに動かしている振動がテーブルにも伝わり、マグの中に入っているコーヒーの黒い水面が揺れている。しかしネイサンは私の言葉を無視し、脚をゆすり続けながら再びこちらを睨んだ。

「俺に命令すんなよ、

「“命令”じゃなくて“お願い”なんだけど」

 目を細めながら言うと、彼は丸めていた背をボックス席の背もたれに預けふんぞり返る。そしてまるで私を馬鹿にするようにフン、と大きく鼻を鳴らした。

「お利口なちゃんなら俺のこと良く分かってんだろ?『お願いします、ネイサン様』って言えよ。そんで俺の靴にキスでもしな」

 ネイサンはそう言って脚を大きく広げると、片脚を通路側の方に投げだした。靴にキスをするなんてことが冗談だということは分かっているし、やる気なんかさらさらない。

 何故か得意顔のネイサンに妙に腹が立ってきて、私は履いていたパンプスを脱いで素足になると、その脚をゆっくりとネイサンの方へ伸ばす。テーブルの下の出来事であるため彼は全く気付いておらず、私の脚はあっという間にネイサンの元に届き、ふんぞり返っている彼の股間につま先が軽く触れた。

「!?」

 私の脚が“それ”に触れた瞬間、ネイサンは目を見開き、言葉にならない短い声を漏らす。そしてすぐに開いていた脚を閉じ、通路に投げ出していた片脚をテーブルの下にしまい込んだ。

「テ、メェ……!なにしやがる!」

 ネイサンはそう叫びながらテーブルに両手をつき、席から立ち上がる。彼の焦りっぷりが私には可笑しくて仕方がなかった。私のつま先が“それ”に触れたぐらいで何をそんなにテンパッてるんだか。まぁ、いつも“してあげてる”のは脚じゃなくて手ではあるから、驚くのは無理もないかもしれないが。

「ちょっと、痴話げんかなら外でやってくれるかい?」

 ダイナーのウェイトレスが困り顔でこちらを見ながら叫んだ。私は無意識に口元をおさえ、ネイサンは気まずそうに席に座り直す。彼の口から「クソ」という小さな呟きが漏れたのを、私は聞き逃さなかった。

 私はテーブルに肘をつきネイサンに顔を近づけると、彼にしか聞こえないくらいの音量で囁く。

「今度あんたの部屋に行ったら、手じゃなくて脚でしてあげよっか?」

 ネイサンは先ほどと同じように目を見開き、動揺したのか大きく肩を揺らした。その様子がひどく可笑しくて、私は口角がどんどんあがっていくのをおさえられない。

 “手じゃなくて脚で”。そう、私は知っていた。最近は手で愛撫するのではなく、脚でする方法もあるということを。やったことはないし何故わざわざ脚でやるのかという意味も良く分からないけど、ネイサンにだったらやってあげても良いかもしれないとぼんやり考える。

「……後でぶっ殺す」

 聞き慣れてはいるが、あまり耳障りの良い言葉とは言えないネイサンの呟き。そんなことを言いながらも目が泳ぎ、耳が少しだけ赤くなっている彼のその様子を見て、私は再び笑った。