味覚を奪ってしまおうか

 ふかふかのスフレパンケーキに甘くてなめらかなクリームと、苺などの季節のフルーツがトッピングされているスペシャルメニュー。そんなスイーツがシュートシティのカフェにて期間限定で提供されていると知るや否やすぐにマクワさんを誘った。

 私はスイーツに目がなく、特に期間限定と聞くと食べたくて仕方がなくなってしまう。……というのは建前で、本音を言えばマクワさんと一緒にシュートシティという大都会に出掛けてみたかった。

 マクワさんは有名人だしファンもたくさん居る。そんな彼がシュートシティに出掛ければ気付いた人々にサインや握手を求められ、スマホで写真を撮られSNSにアップされ……という未来が安易に想像できる。そのため私はマクワさんに「マスクなり帽子なりである程度は変装してきた方が良いですよ」と助言したが、待ち合わせ場所に現れた彼は私服ではありながらマスクも帽子も身に着けていなかった。

「キルクスジムのマクワさんですよね? 私ファンなんです! 」

 ほら言わんこっちゃない、と頭の中で呟く。店に到着して席につくなり目的のパンケーキを注文したその直後、少し離れた席にいた女性が声をかけてきた。彼本人はこうしてプライベートな時間でもファンと交流するのは慣れているだろうが、少なくとも私と一緒に居る時は避けた方が良いと思う。何故なら私たちが深い関係でないにしても、男女が一緒に居るだけで面白おかしく騒ぎ立てる人たちは一定数居るからだ。

 ファンだと言った女性は興奮気味に体を揺らしながら握手を求め、マクワさんは優しく微笑みながらその手を握る。そして女性は続けて写真とサインを求めたが、マクワさんは少しだけ困ったように笑いながら優しくそれを制止した。

「申し訳ありません。今はデート中なのでまた今度」

 その言葉に私は座っていた椅子から転げ落ちそうになった。意図せずとも自然と女性と目が合い、彼女の目はまるで「ああ、なるほどね」とでも言いたげに見える。マクワさんは軽く会釈し席に座ると、女性はニヤニヤと笑いながら自分の席へと戻って行った。私はマクワさんに顔を近づけ他の客に迷惑にならない程度の声量で言う。

「ちょっとマクワさん……、誤解されるような言い方しないでくださいよ。もっとこう…… 妹とか親戚の子とかなんでもあるでしょ。変な噂になっても私責任取れませんよ……? 」

マクワさんは私の言葉に目を丸くしきょとんとした表情でこちらを見た。

「誤解されるも何も、事実じゃないですか」

 マクワさんの返答に今度は私の方が目を丸くしてきょとんとした表情になっていたと思う。「事実」というマクワさんの言葉を頭の中で繰り返し、彼が先ほどファンの女性に言った「今はデート中なのでまた今度」という言葉を思い出す。自分の顔が熱くなっていくのが分かった。

「これってデート……、なんですか? 」

「違うんですか? ぼくはそうだと思っていましたけど」

 その時、私たちのテーブルに注文したパンケーキが運ばれてきた。マクワさんはいつの間にかコーヒーを注文していたらしく店員からコーヒーカップを受け取ると「ありがとうございます」と口にする。店員が去るとマクワさんは再び私の方を見て、すぐに目線をテーブルに落とした。

さん、それ一口くれませんか? 」

 彼の目線の先には私が注文したパンケーキ。話の腰を折られ、先ほどの話題をどうやって再び持ち出そうかと悩みながら、私はパンケーキの皿を少しだけ前に押し出し「どうぞ」と呟く。するとマクワさんはフ、と軽く鼻で笑い、ほんの少しだけ気だるそうにテーブルに頬杖を着くと口を半開きにして見せる。それはまるで雛鳥が親鳥に餌をねだるような、床に伏せた病人の口に食事を運ぶ時のような、恋人同士がやる食べさせ合いのような、そんな仕草だった。

「な、なんですか!? 自分で食べてくださいよ! 」

 一気に顔が熱くなり、思わず叫んでしまった大声が店内に響き渡る。気が付くと他の客のみならず店員までもがこちらを見ており、私はしまったと思いながら口元を手でおさえた。マクワさんは大きな声を出さぬようクスクス笑うと、私を真っすぐに見つめながら人差し指を口唇の前に持ってきて「シー」と小さく息を吐く。

 顔の熱さがおさまる気がせず、私はパンケーキをナイフで一口大に切り自分の口へ運ぶ。それはとても柔らかくて甘くて、言葉に言い表せないほど美味しいはずなのに、目の前に居るマクワさんの微笑みに気を取られた私には何の味も感じなかった。