少女よ大志を抱け

 キルクスジムのリーダー、マクワさん。主に岩タイプのポケモンを仲間としスタイリッシュな戦いを得意とする。礼儀正しく紳士的でファンサービスも良いため女性ファンがとても多い。そう、私もその中の一人で、ガラルのジムリーダーの中でもキルクスジムのマクワさんの大ファンだった。

 頻繁にファンとのイベントを多く行うマクワさんだが、今日はその中でも一番と言っていいほど大切な日だった。そう、今日はマクワさんの握手会。私はスクールの友人と朝から美容院に行きヘアメイクとヘアセットをしてもらい、準備万端で会場に向かった。

「こんにちは。今日は来てくださってありがとうございます」

 間近で見る生のマクワさんはそれこそ本当に光り輝いて見えた。あきらかに年下で子供である私にも敬語を使ってくれるし、髪やお肌はツヤツヤしているし、瞳はキラキラしているし、彼の周囲にある空気が光を放っているようにさえ見える。

「あ、あの、わた、わたし、あ、あの……」

 昨日あんなにイメージトレーニングしたのに、私の口からはまともな言葉が出てこない。“大好きです”や“応援しています”の一言すらも声にすることが出来ず、情けなさ半分と嬉しさ半分で自然と涙がボロボロとこぼれる。

「あ」

 目の前のマクワさんが私の涙に気付き小さな声を上げた。これはどう考えてもマクワさんを困らせている。そう思った私は自分の頬に手を当て表情を隠すようにしながら涙を拭おうとした。その時、マクワさんがこちらに手を伸ばし、頬に当てていた私の手を握る。

「大丈夫ですよ。ゆっくりお話ししてください」

 マクワさんは私の手を取ってそれを両手で包むように握り、顔を近づけて微笑む。ぷつり、と私の中で何かが切れるような音が聞こえた気がした。

「け、結婚してください!!」

 気が付けばその言葉を叫んでいた。マクワさんは丸くて大きな目を更に丸くし私を見る。一瞬遅れで我に返った私はハッとし、マクワさんに握られていた両手を引っ込めて自分の口元をおさえた。私はいま何を言ってしまったのか。

「えっと……、参ったな。そんな事を言われたのは初めてです」

 マクワさんは首元に手をあて、困ったように笑いながら首をかしげる。号泣し言葉を失ったというだけで困らせているのに、突然の意味不明な求婚によりまた更にマクワさんを困らせてしまった。自分の顔がどんどんと熱くなり、頭から湯気が出ているのではないかとすら錯覚する。

 その時だった。自分の頭の上にぽすりと音を立てて何かが置かれる。それはマクワさんの大きな手で、軽くポンポンとそこを叩きつつ、時折髪を撫でた。

「あともう少しだけ大きくなったら……、ね?」

 私の記憶はそこで途切れた。あの後どうその場を立ち去ったのか、どうやって会場を出たのかも覚えていない。外で待ち合わせていた友人によれば、ただひたすら「ヤバイ……」の言葉だけを呪文のように繰り返していたという。

「決めた。私、ポケモントレーナーになる」

 自宅までの帰り道。ボーッとする頭を抱えながら独り言のように呟くと、隣に居た友人は私の顔をオーバーリアクション気味に覗き込んだ

「……アンタなに言ってんの?」

 大声が耳に響き脳が揺れるような感覚になる。私は観戦こそ良く行くが、自分でポケモンをバトルさせたことなどない。しかしどうして今までそれをしなかったのだろうと今更ながら感じる。ポケモントレーナーになることこそが憧れの人に近づく第一歩であるというのに。

「私、マクワさんに少しでも近づきたい。大きくなって強くなって、マクワさんと肩を並べられるポケモントレーナーになる」

 始めこそ目玉が飛び出そうなほどに驚いた顔をしていた友人も、途中から目がすわりはじめ呆れたような様子で私を見ていた。そしてポケットからスマートフォンを取り出し、ディスプレイに指を滑らせながらため息交じりに言う。

「私の知り合いにチャンピオンの弟が居るんだけど、連絡とってあげようか?」

 胸の奥で何かが弾ける。友人の顔を見ると先ほどの呆れ顔を消して、何か面白い事を企んでいるような悪戯っぽい笑顔を見せた。

 大きくなって強くなってマクワさんに会いに行く。今日言えなかった“大好きです”と“応援しています”の言葉を言うんだ。そしていつの日かマクワさんと同じ舞台に立つ。あのキルクススタジアムに。