きっと降って
シュートシティはぼくの故郷とは違うにおいがする。冷たい雪のにおいや、反対にあたたかいお湯のにおいなどはせず、人工的な無機質さを感じる。
コンクリートの塊の間をすり抜けるように強くぬるい風が吹き、目の前を歩くは自身のスカートの裾を気にしながら歩いていた。気になるのならそんな短いスカートなど履かなければいいと一瞬思ったが、女性のお洒落を否定するようなことはしたくはない。
「マクワさん遅い! 早くしないと降られますよ! 」
はこちらを振り向きまるでぼくを叱るように言う。今朝見た天気予報は明日から雨だったがその予報は大きく外れたようで、空はだんだんと暗くなってきており時折低く唸るような雷の音すらも聞こえてきていた。折角遠出しシュートシティまで来たが、ぼくたちがついていないのはいつものこと。ふたりで居る時に悪天候に見舞われることなど慣れかけていた。
声かけに返事すらもせず、ただゆっくり歩いていたのはの後ろ姿を見ていたかったからなのかもしれない。そんなぼくの気も知らずに彼女は、今にも雨を落としてきそうな空から逃げるように屋根のある場所を探していた。とりあえずは駅に逃げ込めばいいかと安易に考えたようで、路面店が並ぶ通りを足早に歩き、ぼくの方へ振り向きながら「ほら、早く」と煽るように言う。
その時、強く風が吹きの髪が大きく揺れ、驚いたような「わ」という小さな声が聞こえる。無機質な街を漂う甘い香りがぼくの鼻をくすぐったことに気が付いた。乱れた髪を気にするように手でおさえつけている彼女のその仕草が目に焼き付く。
「……良い、香りですね」
意図なく口にした言葉にがこちらへ振り向く。ぼくが何を言っているのか理解出来ていないようで目を丸くしていたかと思うと、こちらから目をそらすかのようにすぐ横へ目線を送った。
「ああ、本当ですね。良い香り」
の目線の先には花屋があり、店先には美しい赤い花が並べられていた。店主らしき女性が空模様を気にしながら花たちを店内にしまいこんでいる。確かに花は、この雨が降り出しそうな暗く湿った空気を彩るように甘く香っている。しかしぼくが言ったのは花の香りなどではない。
「違いますよ。花ではなくて、良い香りなのは……」
“あなたです”そう言おうとして思いとどまる。ぼくを見るの顔がまるで変な物を見るような怪訝そうな表情で、思わず笑ってしまいそうになったからだ。口元を軽くおさえているとそれを許さんとばかりに彼女がぼくの腕を掴み、引く。
「マクワさん? そんなこと言ってる場合じゃないんだってば。ほら、行きますよ。びしょ濡れになって風邪ひいても私は看病なんてしてあげませんから」
腕を引かれるままに歩き出すと、ぬるかった風がだんだんと冷たくなってきたのが分かった。もう少ししたら雨が降り出して何もかもを濡らすだろうとぼんやり思う。何だかんだ言っては優しくてぼくに甘い。きっと風邪のひとつでもひいてしまえば付きっきりで看病してくれるだろうという事は分かっていた。
ふと空を見上げた。雨なんてさっさと降ってしまえばいい。街中を濡らして、ぼくたちの足元を悪くして、このまま帰れなくなればいい。そんな不埒な事を考えているなんて、彼女には口が裂けても言えるはずがない。