波ときみのはざまで
バウタウンにある灯台。そのふもとにあるベンチに座って波の音を聞いていた。隣には親友のルリナが同じように座っており、私が作って持ってきたお手製のサンドイッチをまるで小動物のように両手で持ちながら食べている。
「今回もダメだったわ。バトル中のきみは怖すぎるって。失礼しちゃう」
そう話しつつサンドイッチに食らいつくルリナの眉間に皺が寄る。
ルリナはバウジムのリーダーである傍らモデル活動もこなしている。そのモデル関係の仕事で出会った男性に口説かれることが多いらしいのだが、大体の男性はバトル中のルリナを見ると尻込みをしてしまいぱったりとアプローチを止めるらしい。
ルリナを色んな男性が口説き落とそうとするのも無理はないだろう。何故ならルリナは可愛いし、強いし、凛として美しい。こんな私を親友と呼び優しく微笑んでくれる天使のような人だ。たとえバトル中の彼女が普段の彼女と違っていたとしても私はルリナの全てが好きだった。モデルのルリナの姿しか知らないような男は最初からルリナにふさわしくなんかない。
そこまで考えて不快感に襲われる。そう、これはいつもの自己嫌悪。ルリナに近づく男たちに嫉妬している自分が醜くて仕方がない。ただ女というだけで彼らと同じフィールドにすら立てない自分が情けなくてたまらない。
自分の中のドロドロとした汚い思考。それをルリナの澄んだ声が引き裂く。
「やっぱりの作ったサンドイッチが一番美味しい。今回は何を入れたの?」
「アンチョビとキャベツ。マヨネーズはなし。カロリーオフだから安心して」
モデルでもあるルリナが美容に気をつかっていることは知っている。私のパーフェクトな返答にルリナは「さすが」と言いながら笑い、サンドイッチをほおばった。
私はルリナの事を良く理解していると自負している。美容のために毎朝ストレッチを行っていることだとか、使っているシャンプーの銘柄だとか、性格、好きなこと、嫌いなもの。誰よりも彼女の事を知っていると自負していた。それでも私は女であり、ルリナの“そういう対象”にはなれない。それも分かっていた。
「……わたしが男だったら良かったのにね」
なんとなく口にしてしまった言葉に少しだけ後悔をした。私は隣を見る事が出来なかったが、ルリナがサンドイッチを食べる手を止めてこちらを見た事が気配で分かる。きっとルリナは私の言っている事が理解できていないし、私自身も自分で何を言っているのかピンとこない。
私は体の前で大げさに両手を振りながらルリナの方へ向き、言った。
「ああいや、だからね、私が男だったらルリナの気持ちが分かってあげられる良い彼氏に……」
「女でもいいじゃない」
言葉をかき消すようにルリナが声を重ねる。一瞬思考が停止し茫然とルリナの顔を見ていると、彼女も私と同じ気持ちのようで、まるで“しまった”とでも言いたげに自分の口元をおさえる。
「ルリナ、今なんて言ったの? 」
思わず問いかけるとルリナはわざとらしくこちらから目をそらし、手に持っていた残りのサンドイッチを口に詰め込んだ。もぐもぐと咀嚼した後すぐにそれをゴクリと飲み干し、ベンチから立ち上がる。
「一度しか言わないわ」
言葉を失い体を固めたまま、ただルリナを見上げる事しか出来なくなった私に構うことなくルリナは歩き始めた。ベンチに体を預けていた私は慌てて立ち上がり、その背中を追いかける。
「ちょっと、待ってよ! ルリナってば」
まるで叫ぶような私の声にルリナは急に立ち止まった。同じように反射的に立ち止まりルリナの言葉を待ったが、彼女は私に背を向けたまま何も言おうとしない。どんな表情をしているかが気になった私が正面に回り込もうとした瞬間、ルリナがはっきりとした声で言った。
「じゃあこうしましょう。あなたがわたしに一度でもバトルで勝ったら、……教えてあげる」
ルリナは一度だけこちらに振り向いて美しく笑うと、再び私を置き去りにして歩き始めた。その場に立ち尽くし動けなくなった私は、段々と小さくなるルリナの背中を見ながら「女でもいいじゃない」という先ほどの言葉の意味を考える。私の考えている事と、ルリナの考えている事が少しでも同じならば良いな、と思った。