ねぼすけたぬき
何時にベッドに潜った所で朝目覚めるとき眠いものは眠い。早起きが苦手な私が朝が来ることを楽しみに思えるようになったのは、彼が私の部屋まで起こしに来てくれるようになってから。
「ほんと、きみにはこまったもんだわ」
ヤローさんはいつも機嫌が良さそうであまり怒ったりしないしバトルの時以外では声を荒げたりもしない。彼が困ったような感情を見せるのは寝起きの悪い私を起こしにきたその時だけ。そんな彼の声が好きで、私は目が覚めているにも関わらず眠ったふりをする。
「ほら、起きてー。みんなを起こしに行くんじゃ」
ヤローさんが言う「みんな」というのはターフジムに居るポケモンたちのことだ。大きく分厚いヤローさんの手が私の肩に置かれ、ゆっくりと体をゆすられる。しかし私は目を開けない。
「うーん……まったくもう」
ヤローさんはため息交じりに軽く唸り、その声に思わず笑いだしそうになってしまう。本当は目を開けてヤローさんの顔を見たい。けれどそうしてしまってはつまらない。まるで駆け引き上手な女のように思える自分に少しだけ酔っていると、ヤローさんは小さな声で呟くように言った。
「ねぼすけさんには目覚めのキスでも必要かなぁ? 」
その言葉に固く閉じて居ようと決意していた目を思わず開きそうになってしまう。眉が動き表情が歪みそうになるのを必死に堪えていると、私の目の前にある暗い視界に影が落ち、何かが覆いかぶさろうとしている事に気が付いた。ゆっくりと何かの気配が近づいてくる。え? うそでしょ? 本気? と、頭の中で繰り返しながら、顔の目の前にある気配を押し返すように叫んだ。
「ヤローさん! ちょっと! ストップ!! 」
叫びながら目を思いきり開くと、目の前にはヤローさんの顔……ではなく、フワフワとした白い毛に覆われたウールーの丸い顔があった。「ンメェ」と小さく鳴いたウールーの口元と私の口元が軽く触れ合い、頬にあたる柔らかな毛がくすぐったい。
「やーっぱり起きてたんだな! が寝たふりしてたこと、ぼくにはわかってるんだぞ」
ヤローさんは私の顔にウールーを押し付けながらニッコリと笑って言う。やられた、そう思うのと同時に自分の顔にどんどん熱が集まっていくのが分かった。私は顔を隠すかのように口元をおさえたが、おそらくそれは無駄な抵抗なのだろう。火が出そうなほどに熱くなっていく顔はきっとひどく赤いに違いない。
「ははは、トマトみたいな顔じゃ」
私の顔からウールーを離しながらヤローさんが笑う。寝たふりを決め込んでいた事と、それが彼にばれていたことから何も反論出来ず、ただ下口唇を噛み黙ったままで居る私の頭に大きな手のひらが落ちてきて、優しく髪を撫でた。
「ほら、早く顔を洗っといで」
恐る恐る見たヤローさんの顔は優しくて胸の奥が狭くなるような感覚になる。彼が言った「顔を洗っといで」という言葉は、寝ぼけた頭をしゃっきりさせてきなさいという意味なのか、それとも私の真っ赤になっているであろう顔を冷やしてきなさいという意味なのか、どちらなのかは私には分からず、ただいつものようにそっけないふりで「はーい」と返事をした。
悔しい。寝たふりがばれていた事も、ヤローさんがウールーを使って私をからかったことも全てが悔しい。それでも私は明日の朝も同じように彼の困った声が聴きたくて、狸寝入りを決め込むんだ。