きみの隣まで
陽が沈みかけたオレンジ色の美しい世界は無性に人を切なくさせると思う。野生のポケモンたちは自分の住処に帰ったのか草むらからその気配がゆっくりと消えていくのが分かり、畑での作業を終えた帰り道はほんの少しだけ寂し気に感じた。
「ねぇヤローさんってば。早く帰って晩ごはんにしましょうよ。私、お腹ペコペコです」
そんな良い感じの“雰囲気”に浸っていたというのに、それをの声があっさりと引き裂いたので思わず笑う。声のした方向を見ると両手で自分のお腹をさすり大きな溜息をついていた。
「せっかく夕日がきれいなのに……、ほんと、は食べ物のことばっかりだわ」
空を指さし夕焼け空の美しさを知らせようとするも、はぼくを置いてさっさと歩きだしてしまう。その背中に駆け足で追いついてそのまま二人並んで一緒に歩き出した。
いつもの道に長い影が伸びてゆき、一方の影は太く大きく、もう一方の影は細く花のように美しい。ああなんだか帰りたくないなあ。このまましばらく歩いていたいなあ。ぼんやりとそんな事を思っていると、ぼくの腕を何かが掴んで引いた。
「ヤローさん、帰り道そっちじゃないですよ」
どうやらぼくはいつもの分かれ道を反対方向に行こうとしていたようで、腕を掴まれ歩みを止めた。ついボーッとしてしまったと反省しつつも、自分が行こうとしていた反対側の道は拓けていて夕焼けが余計に美しく見える。いつも通っている道なのにどうして今まで気付けずにいたのだろう。
「たまにはこっちから帰ろうか」
無意識に口にする。しまったと思いの顔を見ると、眉間に皺を寄せ怪訝そうな目つきでこちらを見ていた。それもそのはずだ。ぼくが帰ろうと提案した道はいつも通る道とは反対方向であり、ジムまでは遠回りになってしまう。
「なんで? そっち遠回りですけど」
「え、いや、そのぉ……」
まるで怒られているかのように迫られて上手く言葉が出てこない。せっかくの夕焼け空だからとか、の影がきれいだったからとか、もう少しと一緒にいたいとか、考えていることはたくさんあるのに。
何も返答出来ずに居ると、は掴んでいた腕を解放しぼくよりも先に反対側の拓けた道を歩き出す。眩しいほどのオレンジ色が体を包み、柔らかそうな髪が綿毛のように揺れるその姿に見惚れた。
「まったくしょうがないな。今日だけ特別ですよ」
そう言ってこちらに振り返り歯を見せて笑うその表情にぼくもつられて笑う。先ほどと同じようにその背中に駆け足で追いついてそのまま二人並んで一緒に歩き出した。
「よーし、帰ったらが一番大好きなヤロー特製の野菜たっぷり焼きそばを作ってあげよう」
「え!ほんとですか!野菜は5種類は入れてくださいね!ソースは奮発して買ったあの高いやつ!それからあらびきヴルストも……」
「あーはいはい、分かった分かった」
食べ物の事になると目が輝きだすの頭の上に自分の手を置いてそこを軽く撫でると、滑らかな髪の感触に胸の奥があたたかくなる。
いま目の前に伸びる二つの影をずっと見ていたい。食いしん坊の彼女の声をいつまでも聞いていたい。なんて口には出せない想いを抱えながら、オレンジ色に染まる美しい道がずっと続く事を願った。