愛をいななく
私は。年齢は二歳で性別は雌。というこの素晴らしい名前はご主人様がつけてくれた。ご主人様のリンクは国王が認めたお国一番の剣士さま。私は自分のという素敵な名前とご主人様であるリンクが最高の自慢だった。
リンクはあまり喋らないし、何を考えているかわからないなどと言われがち。でも私の前では良く笑うし、「、お腹すいた?」なんて言ってニンジンをたくさん食べさせてくれたりする。私、本当はリンゴの方が好きなんだけど、リンクの顔を見るとどうでもよくなっちゃうんだよね。
あと好きなことがもうひとつ。それはリンクが私の体を綺麗にしてくれること。ひづめに入った土や砂を取ってくれたり、体を拭いてくれたりブラシをかけてくれたり、何度も私の顎や頬を撫でてくれる。私はその時間が世界一大好きだった。
「、お腹すいた?」
リンクはいつものように私に声をかけると、馬小屋のすみにある小さいバケツから一本のニンジンを取り出した。「ああまたニンジンか」なんて一瞬思ってしまったけど、ニンジンだろうとリンゴだろうと雑草だろうと、リンクがくれる物ならなんだってごちそうだ。
ニンジンを口元にあてがわれ、私はそれにかぶりつく。ニンジンは口の中で気持ちの良い音を立てて崩れていき、甘いにおいが広がる。ニンジンを食べる私の姿をリンクはどこか満足そうに見ていて、なんだか恥ずかしかった。
ある日のこと。リンクが馬小屋にやってきて、私は挨拶代わりにぶるると鼻を鳴らした。「今日はどこに行くの?」「今日こそリンゴが食べたいな」そんな風に思いながらリンクが自分に声を掛けるのを待っていたけれど、リンクと私の目は合わなかった。
どうしたんだろう?そう思い首を上下に揺らしながら再びぶるると鼻を鳴らす。するとリンクはやっと私の存在に気付いたかのようにハッとし、弱く笑いながら頬を撫でた。
ねぇどうしたの?お腹でもすいてるの?どこか怪我でもしたのかな?同じ兵士か誰かにいじめられた?そういえばリンクはお国の姫さまとの関係が上手くいってなくて悩んでるみたいだったから、もしかしたら何かあったのかも?
リンクの様子が明らかにいつもと違うのが気になって、体をゆらゆら揺らしながら、ひづめを軽く地面に打ち付ける。そしてぐいと首を伸ばし、リンクが着ていた服の裾に噛みついた。
「あ、こら」
私を叱るような声を上げてももう遅い。私は服の裾に噛みついたままそれをぐいぐいと引っ張り、ゆっくりと後ろにさがる。引っ張られたリンクはバランスを崩して私の顔に寄りかかった。
そんな顔しないでよ。ご主人様は私の前では笑っていなきゃだめ。優しい手で私にご飯をくれて、今日はどこに行こうかなんて話しかけてくれて、いつも幸せそうな顔で私を撫でていなきゃだめなんだから。
服を引っ張り合う私とリンクで綱引きごっこみたいな状態になり、これ以上引っ張ったら服が破れる、そんな予感がした。その時だった。
「!イタズラするようないけない子には、リンゴあげないよ」
リンゴ。リンクがそれを口にした瞬間に私は口を開け、噛みついていた服の裾を離す。急に口を離したためリンクは引っ張っていた反動で後ろに倒れ込み尻もちをついてしまい、小屋のなかにドスンという音が響きふわふわと藁が舞った。
すぐにハッとする。リンゴというエサに釣られてつい離してしまったけど、リンクを転ばせてしまった。目の前のリンクは腰の辺りをさすりながら「いてて……」と呟いている。
ごめん!だいじょうぶ!?そんな意味をこめながら私は顔を近づけ鼻をふんふんと鳴らす。それに気づいたリンクは一度だけ目を丸くしたかと思うと、すぐにプッと吹き出し笑った。
「はは……、ほんと、きみって子は……」
優しい手のひらが私の頬を撫でる。リンクのその表情は私の見慣れた、そして私が世界で一番大好きな優しい笑顔だった。
「にはかなわないなぁ……」
リンクはそう言うと、どこからかひとつのリンゴを取り出した。丸くて大きくて赤くて、つやつやしていてとても美味しそうだったけれど、私にはそのリンゴよりも何よりもリンクの笑顔が眩しく思える。
リンゴが口元にあてがわれると、甘いような酸っぱいような何とも言えない香りが鼻をくすぐる。それに大きな口でかぶりつくと、みずみずしい果汁が口いっぱいに広がりとても幸せな気分になった。
「、いつもありがとう。これからも頼りにしてる」
私の顎のあたりをくすぐるようにかきながら、リンクがぽつりと呟いた。
私は馬だ。人間ではない。体のつくりだって違うし言葉だって通じない。それでも、どんな障害があろうとも私はリンクのそばにいる。リンクの脚となり走り続ける。たとえこの命がつきようとも、何度でも生まれ変わりあなたの馬になる。そう決めた。
私は。この自分のという素敵な名前とご主人様であるリンクが、私にとって世界一の自慢であり、世界一の宝物だ。