あなたの為に鳴こう
私の師匠には妹君が居た。名は。シーカー族特有の白い髪と師匠によく似た顔のとても美しい女性だった。私とは師匠を通して何度も面識があり、彼女の優しく穏やかな目元がとても好きだった。
師匠が亡くなってしばらく経ったころ、妹君であるがリトの村を訪ねて来たのにはとても驚いた。何故なら彼らシーカー族はあまり自分たちの里を出ず、外の世界を知らずに生活しているのだと思っていたからだ。
「兄の遺品を整理していたら様々な物が出てきたのです。これをあなたにお渡ししたく、参りました」
は表情を隠すかのように頭を下げて私に言った。静かに差し出された細い腕の先に、紐でくくられた何枚もの紙の束を持っている。よく見ればそれは楽譜のようだった。
「これを私に……?そのためにわざわざシーカーの里からいらっしゃったのですか?」
「はい。そうです」
さも当然のことのようにはあっさりと、無表情のままに言葉を私に返す。
私の認識が間違っていないならば、シーカーの里であるカカリコ村からリトの村があるタバンタ辺境まではとても遠く、道中には魔物も多い。それをこんな、自分の身を守ることすらも出来ないような女性が一人で抜けてきたなどとても信じがたいことだった。
とりあえず、だ。彼女がどのようにリトの村に来たのかは置いておいて、目の前に差し出された楽譜の束を私はどうすれば良いのだろう。は私の師匠の妹だ。赤の他人である私が遺品を持つよりも、親族である妹が持っている方が良いに決まっている。
「これは師匠の大事な……いえ、兄上殿の大事な形見です。それを私になど……」
「いえ。カッシーワ殿がお持ちの方が兄も喜ぶでしょう。わたくしは楽譜が読めませんから」
受け取りを断ろうとしたが、私の拒否の言葉をかき消すかのようにが声を重ねる。そして手に持っていた楽譜の束を、いつまでも受け取らないでいる私の胸元に押し付けた。その行為はまるで“ああだこうだ言わずに黙って受け取れ”とでも言いたげで、とても強引に思える。
「あなたにはかないませんね、」
小さな笑いと共に思わず声が漏れた。押し付けられた楽譜の束を両翼で受け取ると、微かに師匠のにおいを感じる。
そう、はいつだってこうだった。私が師匠と衝突した時もただ黙って傍に居てくれた。悩みがあればただ黙って話を聞いてくれた。たとえ彼女が楽譜を読めなくとも、私にとっては二人目の師匠かのような存在だったかもしれない。私は彼女の優しく穏やかな目元がとても、とても好きだった。
「それにしても、カカリコ村からリトの村は非道く遠い。もう二度と来たくない」
は腰に手を当てまるで独り言かのように口を尖らせ呟く。何かに呆れているような少し怒っているかのような子供っぽいその仕草はとても可愛らしく、彼女が年頃の女性なのだという事を再認識した。
私は片翼を伸ばしの手に触れた。白い肌はひんやりと冷たく腕はとても細い。こんなあっさりと壊れてしまいそうな女性を、自分のために危険にさらすなどはしたくない。
「ならば今度は私が、あなたに会いにカカリコ村へ参ります」
私の言葉が意外だったようでは驚いたように目を丸くした。数秒遅れで瞬きをした後、一番最初に私に声を掛けた時と同じく、まるで表情を隠すように俯き呟く。
「歓迎いたします。カッシーワ殿」
のその言葉が嬉しくて思わず小さく笑うと、それにつられるように彼女も小さく笑い、俯いていた顔を恐る恐るというように上げ、私たちの目が合った。
ああそうだ。次にシーカーの里を訪ねるまでに彼女のために詩を作ろう。私の大事な師匠の大事な妹君の詩を。私が恋をした、シーカーの女性の詩を。