good morning HUMAN - 7

(そろそろコナーがうちに着いた頃だろうか?)

 一般人では手が届かないほどの値が張る腕時計を見ながらカムスキーはぼんやりと考える。コナーが訪ねてくる予定になっている日、彼は外出していた。いつもならばRT600通称クロエも同行させるのだが、何故かこの日は彼ひとり。乾燥した冬の冷たい風が吹く中立ち尽くしている。

 そこはデトロイトの騒がしい繁華街から少し離れた場所にある墓地だった。葉が落ち切って痩せこけた木は夜に見たらとても不気味だろうとカムスキーは考える。もっとも真昼のこの時間では関係のない話ではあるが。

 カムスキーの目の前にある墓石には一人の人間の名前が刻まれている。バル・。それがこの墓の下に眠っている者の名だ。享年78歳。優秀な研究者でありサイバーライフ職員だった。カムスキーが辞職した後に外部から引き抜かれたため、お互いに面識はない。

 そう、面識はないはずだが、何故かカムスキーはバルを知っていた。墓石の前に立ち尽くす彼はひとつの風船を手に持っている。色は暗く、深い青。空中に浮かぶ楕円のフォルムから一本の糸がたらりと伸び、そこにカムスキーの長く太い指が絡まっていた。

「あなたはこれが好きだろ、バル」

 カムスキーが呟く。

 バルは生前、とても風船が好きだったという。街中や遊園地で売られている手持ちの風船を彼女は必ず購入し持ち帰り、自宅を風船で埋め尽くした。バルが風船を好んだのは、風船、つまり“バルーン”という名称が、自分の名と似ていたから。バルの葬式の時には墓地に色とりどりの風船が飾られ、その日だけは墓地が墓地らしさを失っていたという。

 カムスキーは手に持っていた風船を近くにあった手ごろな石に結び付け、墓前に供えようとした。その時に彼はある物に目を奪われる。バルの墓石のたもとに見たこともないような青い薔薇の花束が供えてあったのだ。おそらくはカムスキーがここを訪れるよりも前に置かれたものなのだろう。

 その青い薔薇を見ながらカムスキーはぼんやりと考えた。青い薔薇の花言葉は“不可能”。その言葉通り青い薔薇というのはこの世には存在せず人工的に作られた物だ。こんなものいったい誰が供えたのか。

(まぁ、いい……)

 心の中で独り言ちたカムスキーは、手持ち風船の糸を結び付けた石を少し乱暴に墓前に放る。石と石がぶつかるカチリという小さく弱々しい音が聞こえ、青い風船が揺れた。

「なぁバル……、あなたが残したというアンドロイドと、新たな感情を知ったコナー。とても興味深い。あの二人はしばらく観察させてもらうよ」

 誰も居ない墓地ではカムスキーの低い呟きを聞く者は居ない。大きく重そうな墓石の下に眠っているであろう者以外には。カムスキーはその場でしゃがみこみ花束から一枚だけ花弁を千切り取ると、それを軽く墓石に投げる。それはあたかも死者の国に居る者への餞のようだった。

 墓地にある葉もない木々が動いたような気がし、カムスキーは静かに笑う。青いバルーンと青い薔薇の花束。そのふたつがデトロイトの冷たい風に揺られていた。

END