君だけはそこにいて - 8

 異人町にあるスナック街。その裏手のあたりにある『サバイバー』というバーは知る人ぞ知る隠れ家的な魅力があった。いやむしろ、知っている方が珍しくお客もほとんど居ないため、どうやって生計を立てているのか疑問に思われても不思議ではない。

 カウンターには今日も客がひとり……、かと思いきや人の姿は二人分あった。一人は男性で、剃り込みの入ったツーブロックの髪型にサングラスが特徴的な、横浜流氓の“元”総帥、趙天佑。そしてその隣には、“自称”彼の友人であるの姿があった。

 二階へと続く階段から大きな足音が聞こえる。趙が「この音は春日君かな?」なんて思いながら、ウイスキーの入ったグラスをあおると、案の定見慣れたモジャモジャ頭の男性が目の前に現れた。春日は趙の姿を見るなりに「あ!」と大きな声を上げ、目を見開く。

「あ!なんだよ趙!もう彼女連れ込んでるなんてスミに置けねえなぁ」

「え!ち、違いますよ!私は……」

 は慌てふためき、座っていた椅子から立ち上がると顔の前でバタバタと手を振る。趙は彼女の肩に触れ「まぁまぁ」となだめながら椅子に座らせると、相変わらずの余裕の笑顔で春日に言った。

「違うよ。この子はそんなんじゃない」

 春日はいまいち納得がいかない様子で、眉間に皺を寄せながらも口元はいやらしく笑っていた。春日には意外と鋭い所があり、人の思っていることや性質なんかをいとも簡単に見抜いてしまうことがある。きっと春日には自分の気持ちや意図がばれているのだろうな、と趙は思った。

は俺の大事なトモダチだよ。……ま、今はね」

 まるで独り言のような趙の小さな言葉に春日は口角をさらに上げ、は再び椅子から立ち上がる。

「おい、それどういう意味だ?」

「ちょ、それどういう意味ですか?」

 二人の言葉がシンクロし重なり合い、春日とは思わず「あ」と呟きながら互いの顔を見た。その光景に趙は吹き出し、自身の口元をおさえながら笑う。

「春日くんはお邪魔なの。俺いまから彼女を口説こうと思ってるからさ、悪いね」

 趙のその言いぶりに、春日は「そうかいそうかい」と言葉を繰り返しながら二人に背を向け、手を振りながら再び二階へ続く階段へ姿を消した。足音が消え、店の中には穏やかな音楽が流れるのみとなる。

 がちらりと趙を見ると目が合ったが、それは彼女の方からすぐにそらされる。は先程の“俺いまから彼女を口説こうと思ってるから”という言葉がずっと引っかかっており、恥ずかしさから趙の顔が真っすぐに見れなかった。

 カウンターに置かれたままのグラスの中の氷がカラリ、とひとりでに鳴り、の肩がピクリと揺れる。その反応を見逃さなかった趙は彼女の肩に触れ、顔を覗き込みながら低く囁いた。

「さてと、俺はこれから君を口説こうと思うんだけど、覚悟はいい?」

 サバイバーは春日たち勇者様ご一行のたまり場だ。こんな場所でを口説いてもきっと誰かの邪魔が入ることなど目に見えている。しかし、先程のようにからかわれ、慌てふためく彼女の姿が見れるのならそれも悪くないかな、と趙は思う。

 薄暗いサバイバーの店内は浜北公園から見える夜景に少し似ていた。あのぼんやりとしたビルの明かりを眺めながら、海沿いのベンチにて仲睦まじい様子で寄り添う二人の姿が見れるのは、そう遠くはないのかもしれない。

END
‎(2021‎.‎6‎.‎24‎‎‎)


後日譚
君の口唇じゃなきゃ意味がない