嘘吐きは色恋のはじまり - 6
佑天飯店の目玉は何と言ってもエビのチリソース煮だが、かに玉も人気で注文の多いメニューだ。値段は940円とそれなりだが、それこそエビのチリソース煮やふかひれの姿煮に比べればかなりリーズナブルではある。
そんなかに玉を温かいご飯の上にのせて甘酢あんをかける。最後に細かく刻んだネギを散らせば天津飯の完成だ。出来立てのそれをテーブルまで運ぶと、は感激している様子で顔の前で手を合わせながら目をキラキラと輝かせていた。
「いただきます!」
「どーぞ、召し上がれ」
はレンゲを使って一口ぶんの天津飯をすくうと、それを小さな口で頬張った。一度大きく見開かれた目はすぐに細められ、目尻がどんどん下がっていく。はもぐもぐと咀嚼をしながら頬に手を添え「美味しい」としみじみ呟いた。
「青椒肉絲も良いですけど、やっぱり丼物って良いですよね。今度はエビチリ丼とかどうでしょうか?趙さん!」
その言葉にうんうんと軽く頷くと、は幸せそうな満面の笑みを浮かべる。そのまま天津飯を次から次へと口に運んでいく姿を見ていると、こちらまで幸せな気分になった。俺の作った料理をこんなにも美味しそうに食べてくれる。これ以上嬉しいことはないと強く感じた。
食事をするの姿を見ながら、妙な気分が押し寄せて来るのが分かった。小さな口唇に運ばれていく天津飯のかけらたち。究極的に考えれば俺はあれになりたいのかもしれない。いつかの小さな口で、形の良い柔らかな口唇で、俺を食べてくれないだろうかと考えてしまう。
「……どうかしました?」
は凝視する俺を不審に思ったようで、不思議そうな顔をする。食べる手を止めてこちらを見ているその表情は、あくどく、嫉妬深く、不埒で、みにくい下心しかない俺にまるで気が付いていない純粋な物に思えた。
「ううん。ただに見惚れてただけ」
はっきりと言うと、は「え」と小さく声を上げながら目を丸くした。いつも通りに頬がゆっくりと染まっていく。今更ながらに気付いたがどうやらは赤くなりやすい体質のようだった。その様子があまりにも可愛くて自然と口角が上がる。
ふと、自分の背中に視線が突き刺さっていることに気が付いた。その視線が放たれているのであろう方向に振り向くと店員ちゃんがおり、目を細めてこちらを睨むように見ている。
「趙サン、ここ店。イチャイチャする、良くないよ。仕事早くする」
「え、ちょっとぉ、イチャイチャなんかしてないって!」
「ウルサイ、さっさと仕事する。お給料あげないよ!キュウリョウドロボウ!」
お前の給料払ってるの俺なんだけどと思うも、店員ちゃんの妙な迫力に何も返せなかった。店員ちゃんに背中をぺしぺしと叩かれ、仕方なく立ち上がり厨房へと向かう。
「趙さん」
の声が俺の名を呼んだ。振り返ると、テーブルの上にある天津飯の皿が既に空になっていることに気が付く。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
はいつも通りに顔の前で手を合わせ、笑顔で言った。俺も同じように笑顔で「おそまつさまでした」と返す。はそのままレジで会計を済ますと、厨房に居る俺に手を振りながら店を出て行った。
の『大好き』という言葉が欲しい。しかし俺が本当に好きなのは、俺の料理を美味しそうに、幸せそうに食べて、最後に言う『ごちそうさまでした』という言葉なのではないだろうか。テーブルに残された綺麗に空になった皿を見ていると、自然と笑みがこぼれる。彼女を想うと、今日も一日頑張れそうな気がした。
END
(2024.2.11)