心にぬるい雨が降る - 6

「動物の遺体を公共の場所に勝手に埋葬するのは犯罪になるんだよ、獅子堂さん」

 手持ちのスコップで土を掘り進める。目線の先には一言も鳴かず、ぴくりとも動かなくなった猫が居る。空き地の隅に空いた穴は既にそれなりの深さだ。動物の遺体を公共の場所に勝手に埋葬するのは犯罪になる、と言われても、何をいまさらとしか思いようがない。

「ちゃんと弔ってやらんと、にゃんころが成仏でけへんやろ」

「にゃんころじゃない。獅子丸だよ。シシマル!」

 言い聞かせるように高い声が名前を連呼する。は俺の隣にしゃがみこみ、同じように土を掘り始めた。小さな手に握られたスコップが土で汚れていく。

「獅子堂さんの手、大きすぎてシャベルがスプーンみたいに見えるね」

 の声には馬鹿にするような気持ちが混ざっているように聞こえた。首を動かして顔を確認すると、まるで俺をからかうようにゆっくりと口角を上げにやりと笑う。だらしない顔が癪に障った。

 土を掘るためのこの道具。東日本では片手で使うのをシャベル、柄が長く大きなものをスコップと言うらしい。西日本ではその反対で、いま手に持っている手持ちのものをは「シャベル」と言い、俺は「スコップ」と呼んだ。初めは違和感しかなかったが、「これはスコップじゃなくてシャベルだよ」と言い張って譲らないが妙にガキっぽくて可愛かったので、もはやどうでもよくなった。

「獅子堂さんは、いつか大道寺を出し抜くつもりでいるんでしょ」

 土を掘る手を止めた。

 は俺と同じように大道寺に取り込まれることを決意した。身寄りのないは大道寺にとって丁度良い駒だろう。今後は俺のサポートを主にデータの管理や交渉などを取り扱う内勤のエージェントとして育てられる予定らしい。男には男にしか出来ない仕事がある。そして女には女にしか出来ない仕事がある。はこれから大道寺に従い、大道寺に尽くす。それは全部俺のため。根拠もないのにそう信じて疑わなかった。

「獅子堂さんは、いつか全員ボコボコにして大道寺を乗っ取ったりしそうだよね。あんな組織の中に収まって大人しくしているとは思えないし」

 横たわる猫の体にゆっくりと土をかけていく。茶色いふさふさとした毛に黒い土が絡まって、汚れていくのが見えた。

「それ、ほんまに実行したらお前はどうするんや」

 俺と同じようにも手を止めた。

 俺はチャンスとあらば手段はいとわない。俺の邪魔をする奴らは全員嬲り殺して自由になってやる。それまでは大道寺の犬にでも何にでもなる。地べたを舐めてでも這いつくばってでも生きる。死ぬ気で生きてやる。まるで生き地獄のような、どの程度の険しさなのかすらも予想出来ないような道に、俺はを引き込もうとしている。

 拒否なんか許さない。一生死ぬまでそばにいてと懇願されたあの瞬間から、俺はこの女を何があっても離さないと心に決めた。もそれが分かっている。いつも通りの間抜け顔で俺を見たかと思うと、子供のように歯を見せて笑った。

「もちろん、ずっと着いてくよ。獅子堂さんに」

 再び土をかける。一回、二回、三回と繰り返すと、猫がまとっていた茶色い毛が視界から消えた。はてっぺんの土を軽くおさえてから、手のひらを合わせて墓を拝む。俺はその隣で一足先に立ちあがった。

「ほれ、帰るで」

 手を差し伸べる。はこちらを見上げながら何気ない声で「うん」と返事をした。俺の手を握るの手を握り返す。土で汚れた汚い指先は雨の日の空気のようにぬるく、しっとりと濡れているような気がした。

END
‎(2024‎.5.8)‎