東くんの好きな人

 はいつからか俺を「東くん」と呼ぶようになった。いつの間にか髪を明るく染め、化粧も華やかになり、目に見えて綺麗になっていった。神室町の店で働き生計を立てているんだろう。どこの店に在籍しているのかは訊いたことがないため知らなかった。

 いつものように連れて行かれた行きつけのバーで席に着くなりはビールを注文した。俺は「東くんはなに飲む?」と尋ねられたが、考えるのが面倒で「お前と同じでいい」とだけ口にした。その返答が気に入ったのかそうではないのかは分からないが、はどこか満足そうに微笑む。薄暗い店内にも関わらず何故か眩しくてたまらなかった。俺は盛大に溜息をつく。

 は溜息を聞くや否やこちらに身を寄せつつ、俺の背中に手を回して肩を抱いた。「そんな大きな溜息ついたら幸せが逃げてくよ。悩み事でもあんの?」と優しく言う。吐息交じりの声と、香水のにおいと、密着する体が俺を緊張させた。今更こんなことで心拍数が上がるほど青くないし、酒もまだ入ってはいない。そのはずなのに今日はなんだかおかしかった。

 注文したビールが到着し乾杯をする。は妙に艶めかしく感じる仕草でグラスに口を付けビールを一口だけ飲む。そしてすぐさま俺に向かって「恋バナとかだったら喜んで聞くけどなぁ」と無邪気に笑いながら言った。どうしてよりによって惚れてる女に恋愛の話などしなければならないのかと思う。そんなことが出来るくらいならばとっくの昔に『好きだ』と直接伝えているだろう。思わず眉間に皺が寄った。

 は何も答えない俺の背中を優しくさすりながら「東くんってどういう女の子が好みなの?てか好きな人、居たりする?」と問う。ほらお出ましだ。そう心の中で独り言ちる。この世の中はどいつもこいつも恋愛の話が好きすぎる。そしてすぐに『好みのタイプ』を訊きたがり、『好きになった女がタイプ』だと答えればつまらないとブーイングする。髪の長さだとか胸の大きさだとか性格の良し悪しだとか、俺にとってそんなことはどうでも良かった。いま目の前に居る女の顔を眺める。俺が好きなのはこいつだ。

 相変わらず黙ったままの俺を後目にはビールを一口、二口と飲む。上下する喉が妙に色っぽく思えて見惚れていると、グラスの中身はあっという間に空になった。相変わらず飲むのが早いなと思いながら俺も同じようにビールを一口飲んだ。はアルコールが胃袋に流れ込んだことで気分が良くなったのか、密着させていた体を更に近付けながら「ねぇ、東くんの好きな人ってどんな人?」と問う。そもそも前の質問である『どういう女が好みなのか』『好きな人は居るのか?』に答えていない。それなのに話を勝手に進めるに呆れつつも、怒りやいらだちは感じなかった。

 俺はゆっくりと口を開き、声を出した。「見た目は美人」。「最近少し派手になったが、それはそれで似合ってる」。「スタイルは普通」。「シャルルにしょっちゅう来て、出勤前だってのにガキみてぇにゲームしてる」。「ノックもしねぇで勝手に控室に入ってくるくせに、タバコくせぇって文句ばっかり言いやがる」。「酒が入ると絡んできてダルい」。「でもいつも俺の話を聞いて、楽しそうに笑ってくれる」。「昔からずっと変わらずに俺の傍に居てくれる」。口から出てくる『東くんの好きな人』とやらの特徴は全てのことだ。

 全て言い終わってから、俺は真っすぐにの顔を見た。は数秒間だけ目を丸くした後、口元をおさえて小さく笑いながら「タバコに文句言ったり絡み酒だったりするとこは、なんか私みたいな子だね」と言う。俺はそんなの様子を見て悔しくなったわけでも絶望したわけでもない。ただ改めてのことだけを考え、の好きな所を口にして、やっぱり俺はこいつに心底惚れていると強く思った。

 の腰に手を回し自分の方へ引き寄せる。俺たちの体は密着していたためその行動は容易だった。耳にかじりつく勢いで口唇を寄せる。心臓の音が聴こえてしまいそうだった。

「テメェのことだよ、

 近づきすぎると何も見えなくなるとは良く言ったものだ。俺はの耳元に顔を埋めているため表情が確認出来ない。別にがどんな顔をしているのか知るのが怖いわけじゃない。俺がを好きだという気持ちだけは一生変わらないから、どんな反応をされようとどうでも良かった。

 この世の中はどいつもこいつも恋愛の話が好きすぎる。そしてすぐに『好みのタイプ』を訊きたがり、『好きになった女がタイプ』だと答えればつまらないとブーイングする。髪の長さだとか胸の大きさだとか性格の良し悪しだとか、俺にとってそんなことはどうでも良かった。

「俺が好きなのは、お前だ」

 そう口にしてから一秒二秒三秒と時が過ぎる。俺が心底惚れている女が、俺の好きな口唇が、俺の好きな声が、「東くん」と名前を呼んだ。俺にとってはそれだけでもう十分だった。


‎(‎‎2023‎.‎9‎.18‎‎‎)‎


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