許してくれよ馬鹿 - 8
『ゲームコーナー シャルル 異人町店』は俺が持っている2店舗目のゲームセンターだ。神内駅が最寄りのこの店は神室町のシャルルよりも客入りが多く、それなりに繁盛している。異人町に店を構えることを決めたのは何度か来たことがあり知らない街ではなかったからだ。
伊勢佐木異人町は悪くない街だ。伊勢佐木ロードは賑わっているし、駅の北口方面に行けば海が見える公園があって自然豊かだ。繁華街から離れた場所や怪しげな路地に入るといわゆる反社会的な奴らに出くわす部分は神室町に少し似ているかもしれない。
店長である俺は基本的には神室町のシャルルに常駐しているが、週に数回は異人町のシャルルの様子を見に訪れるようにしている。今日もバイトたちの働きぶりを確認してから店長としての業務を終えると控室で煙草を吸った。これを吸い終わったらの家に行く予定になっている。
時刻を確認すると既に20時を回っており、立ち昇る煙をぼんやりと眺めながらの仕事が終わった頃だろうかと考える。もう直帰しても構わない時間帯だろうし、今日はの家に泊めてもらうか。そんなことを考えながら煙草を口に運び煙を一吸いしたのと同時に控室のドアが開いた。
入ってきたのはバイトの一人。こいつはが怪我をした際に手当てを手伝ってくれた奴だ。「お疲れ」と声を掛けたものの返事はなく、店長の俺を無視するなんて良い度胸じゃねえかと感じてしまう。
バイトは俺が座るソファの向かいにある椅子に力なく座り、これ見よがしに大きな溜息をついて見せた。伏せていた目をこちらに向けて俺を見たかと思うと、再び目を伏せる。なんだこいつと率直に思った。肩を落とした様子は明らかに落ち込んでいるように見えてピンとくる。こいつは俺の『どうしたんだ?』という言葉を待っているのだと。
はっきり言ってしまえば面倒臭い。このバイトは確かまだ10代で、近くにある誠稜高校の生徒だ。10代の若者と30代の俺では話が嚙み合うはずもないだろうと思う。しかし従業員の心のケアも店長の仕事の一環であることに間違いはない。
「おい。どうかし……」
「オレも彼女欲しいなぁと思って」
『どうかしたのか?』と最後まで言う前にバイトは待ってましたと言わんばかりに話し始めた。店に変な常連客が居るだとかバイトをやめたいだとか、そういう後ろ向きな話ではなく少し安心するも、『オレ“も”彼女が欲しい』という言い方が少々引っ掛かった。
「……んなことかよ。お前、学生だろ?女にうつつ抜かしてねえで学業に専念しとけ」
「なぁに言ってるんスか!オレなんかもう彼女いない歴2年スよ?ガチ焦ってるんです!」
このぐらいの年頃の男のだいたいは、女にしか興味がない猿に近い人種だと思っている。しかし彼女いない歴2年とは笑わせる。俺はその3倍の6年間女が居なかったんだぞ、と声に出して言いそうになってしまった。
いま俺の指に挟まれている煙草はまだ吸う余地がある。しかしこのバイトの話を聞くのは至極面倒臭い。早い所ここを去ってしまおうかと考えていると、こちらをジッと凝視しているバイトの視線に気が付いた。なんだよという返事の意味を込めて目を合わせる。
「店長はいいッスよねぇ……。彼女いるし……」
手に持っていた煙草を落としそうになった。何故俺に女が居ることをこいつが知っているのか。がこの店に来たのは怪我をして運び込んだあの時一回きりのはずだ。
「テメ……、なんで知って……?」
思わず口にしてからすぐに後悔した。ここは適当な言葉で場を濁したほうが得策だっただろう。『なんで知ってる』などと言えばバイトの言葉を肯定することになってしまう。いや、事実であることに間違いはないのだが。
バイトは俺の方を見つめたまま視線をそらさなかったが、ゆっくりと口角を上げていやらしく笑う。
「そりゃあ店長見てれば分かりますよぉ。この間ここに運び込んだ若い女のお客さんと良い感じになっちゃったんでしょ?可愛い人だったし、もしかして一目惚れってやつスか?あー!いいなぁー!オレも恋してぇー!」
好き勝手にペラペラ喋り出すバイトについて行けなくなり、俺は大きく溜息をついた後に持っていた煙草を灰皿に押し付けた。火が消え、勢いよく立ち昇っていた煙が弱々しい線に変わる。
『見てれば分かる』という言葉に、俺はそんなに分かりやすく顔や態度に出ていただろうかと考える。若い女のお客さん、つまりと良い感じになったということもが可愛いということもまぁ間違ってはいない。しかし一番最後の言葉だけは違った。
「一目惚れじゃねえよ」
「え?」
俺はに一目惚れしたわけじゃない。俺はもうずっと何年も前からが好きで、6年間ずっとあいつだけを想い続けて来た。店の前でを見た時に一目で気が付いたのは確かだ。しかしそれは6年間ずっとあいつを想い続けてきたからこそ。
想いにふけっていた自分に気付きハッと息を飲む。バイトは顔の前で手を合わせ、目をキラキラと輝かせながら俺を見ていた。肩を揺らしながらこちらに身を乗り出そうとしているその様子は、まるで恋愛の話に夢中になっている女のようだった。
「ちょっとちょっとお!なんかイイ感じの馴れ初めあるんスか!?あるんスね!?めっちゃ気になるんスけど教えてくださいよぉ!店長!」
「う、うるせぇな!つか仕事しろ仕事!今月の給料減らすぞクソガキ!」
俺はソファから立ち上がり、バイトの面倒臭い問い掛けを振り切って控室を出る。そのまま店を出ると夜の異人町を抜けての自宅方面に向かって歩き出した。途中で歩行者用の信号が赤に変わり立ち止まると、何台もの車が目の前を横切って行く。
「馴れ初め……」
小さく独り言ちる。俺との馴れ初めとは一体何だろうかと考えた。に初めて会った時あいつが「お兄さんってあんまりヤクザっぽくないね」と不躾に言って無邪気に笑っていたことだろうか。寝込むの看病をして「東さんが好きです」と告白されたことだろうか。
当時キャバ嬢だったを悪質な客から守ったこと。一緒に酒を飲みかわしたこと。付き合ってしばらくしてからやっと『』とあいつを呼び捨てた日のこと。初めてキスをした時のこと。初めて一緒に眠った時のこと。様々な記憶が頭の中に蘇ってくる。
信号が青に変わり横断歩道を渡った。意図せず自然と早足になる。に早く会いたい。に会って顔を見て声を聞いて、俺たちのことについて話がしたいと思った。帰宅ラッシュの人の群れとぶつからないように前だけを見て歩く。たくさんの人々の中で、とある存在に視線を吸われた。
「……?」
「……徹?」
ほとんど同時にお互いの名を呼んだ。先ほど店で確認した時刻はまだ20時過ぎだったため今はまだ職場に居るはずだ。それがどうしてここに居るのか。何も言えぬままゆっくりとに近付く。立ち止まった俺の肩に誰かがぶつかって行ったが、これっぽっちも気にならなかった。
「ちょっと早く終わったから……、家に帰る前に徹のとこ行っちゃおうかなって思って」
俺の困惑した顔から察したのか、はそう言ってどこか照れくさそうに笑う。何故そんな表情をするのか俺には分からなかった。
「……ごめん、嘘ついた。早く終わったんじゃなくて、早く終わらせた。徹が来るって言うから」
気まずそうに目を伏せる仕草に我慢ができなくなって、の腕を取り強く引いて胸の中におさめた。背中に手をまわし、骨が軋んでいるのではないかと錯覚するほどに強く抱き締める。は笑いながらも「痛い痛い」と小さく声を上げていたが、力を緩める気などさらさらなかった。
この想いとこの感情をどう言葉にしてに聞かせれば良いのかが俺には分からない。ただ今はひたすらにあの時の酷い嘘の許しをもう一度乞いたいと思った。『他に好きな女が出来た』なんて真っ赤な嘘で、俺が惚れているのは昔も今もそしてこれからもお前だけなのだと言いたい。抱き締めてキスをして許してくれと言ったら、は「馬鹿」と言って笑ってくれる。そんな気がした。
END
(2024.1.10)