青空の果て - 5

 昼下がりの異人町は空気がひどく乾燥しており、風が強かった。恋人が所属する事務所が入っているビルの屋上に上り、設置されているフェンスに寄りかかりながら街並みを眺める。このビルが何階建てなのかは忘れてしまったが、自分が通っていた高校の屋上と同じくらいだろうか。フェンスは胸ほどの高さしかないため、乗り越えようと思えば簡単に向こう側へ飛べるだろうなどと考えた。

さん、なにしてんの」

 あの日と同じように苗字を呼ばれ振り返る。そこには文也くんが立っており「なんてね」と口にしながら悪戯っぽく笑った。青空、屋上、後ろから現れる文也くん。そのシチュエーションが十年前と重なって見える。文也くんは普段から私を「さん」と呼ぶが、久しぶりに聞くその呼称にくすぐったいような気持ちになった。

 文也くんはこちらへゆっくりと歩を進める。そして私の隣まで来ると、同じようにフェンスに寄りかかり街を眺めているようだった。時間帯的にお昼休憩かなにかだろうかと考え、仕事のことを問うために口唇を開こうとした瞬間だった。

さんは、生きる意味、見つかった?」

 さん、という昔の呼称を元に戻した文也くんに問いかけられる。その質問は十年前の卒業式の日、文也くんの家を訪ね第二ボタンを受け取った時の物と全く同じだった。当時の私は何も返答せず、ただお礼の言葉しか口に出来なかったという記憶がある。

「……うん。見つかったよ」

 それが何なのかははっきりと口にはしなかった。文也くんは私の顔をジッと見ると、どこか嬉しそうに口角を上げる。

「当ててあげよっか。……僕でしょ?」

 したり顔で自慢げにそう口にする文也くんが憎たらしく、同時にひどく愛おしく思う。文也くんの言葉に否定も肯定もせず、私はただ小さく息を吐いてから笑った。文也くんの腕が伸びて来たかと思うと、一瞬にして引き寄せられる。私の肩の辺りに頭をあて、抱き締めるように身を寄せた。

「もう僕の許可なしで勝手に死のうとしちゃダメだからね。あと、僕より先に死ぬのも禁止。……分かった?」

 文也くんのその言葉は命令口調であるのに、私には懇願に聞こえた。そんなこと言われなくても分かってるよ、と口にしようとしたが、やめた。口にせずとも文也くんには伝わっていると分かっていたからだ。私は両手で文也くんの顔を包むと、触れるだけのキスをした。

 十年前、文也くんが屋上に来なければ私はこの世にいなかったかもしれない。いつか文也くんが私の手を引いて、屋上も学校もこの街すらも抜け出して、誰も知らないどこかへ連れ出してくれないかと夢見ていた。私にとって文也くんは、救いの手を差し伸べてくれた大切な人だった。

 私の生きる意味は彼だけにある。彼とならば死ぬまで生きても良いと思えた。もう迷うことも見失うこともないし、この先一生、死にたいなんて思わないだろう。私は文也くんと共に生きて行く。そう決意しながらあの日と似た空を見上げる。その果てには、雲一つない青空がただひたすらに広がっているだけだった。

END
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