good morning HUMAN - 4

 カップルであることの証明などは身分を証明するIDなどがないため出来るはずもなく、ただ“見た目的に年の近い男女連れ”というだけであっさりと入店出来た。しかし、バーの中に居る客の中に“偽物の恋人同士”など、どれくらいいるのだろうか。

 店に入るなり、は迷わずカウンターへと向かい店員に酒の注文をした。僕は戸惑いつつもの隣の席に腰をかけ、アンドロイド専用に用意されていたブルーブラッドベースの飲み物を注文する。

 ざわつく店内で意識を集中させた。今のところ挙動の怪しい者は居ないように思える。この店のどこに取引部屋があるかどうかは分からず、見張り役もいつどこに現れるか分からない。取引部屋へとスムーズに潜入できれば良いが、もしなにかあれば外で待機しているハンクにすぐに連絡しなければならない。

 気が付くとカウンターテーブルの上に美しい青色の飲み物が入ったグラスが置いてあった。僕が注文したアンドロイド専用の飲み物だ。グラスを手に取り横に居るを見ると、同じような飲み物が入ったグラスを僕のグラスに軽くぶつけてきた。

「乾杯」

 が言った。グラスとグラスがぶつかりカチリという微かな音がする。は今はアルコールを飲む気分ではないのか手に持ったグラスに口をつけることもなくそのままテーブルに置いた。

「少しお聞きしても良いですか」

 無意識に口が動き、その言葉を口にした。はこちらに目線を送り、返事の代わりなのか目を細めて微笑む。

「あなたは何故、僕にここまで執着するんですか」

 ずっと考えていたこと。人間である彼女が何故ここまで僕に関わろうとするのか。世論が変わったとは言え、自らアンドロイドと友人になろうとする人などは珍しい。がアンドロイド製作に携わっていた研究者の孫だから、という一言で片づけるのも不自然な気がした。

 僕がを探し出す所までがプログラムされていたことなのだったとしたら、彼女は祖母に洗脳でもされていたのかもしれない。アンドロイドはプログラムを組み込めばいい。人間は洗脳すればいい。簡単な話だ。

 はこちらに向けていた微笑みを崩し、少し伏せ目がちになりながら呟く。

「私のおばあちゃんさ、きっとコナーを作っているうちに、あなたのその美しさに惚れ込んだんだと思うの」

 何の話か理解出来なかった。そして『美しい』という単語が引っかかる。美しい?僕が?美しいという単語は例えば色とりどりの花を見たり、心に残る風景などを表す際に使用する言葉だろう。

「僕の……美しさ……?」

「うん。コナーは綺麗だよ。肌も、目も、髪も、声も、全部」

 予想外の返答と、の真面目な表情に戸惑う。異性だろうと同性だろうと自分自身を『綺麗』という言葉で表現された事が初めてで、どう反応すれば良いか分からなかった。例えば“変な事を言わないでください”などと冷たい声で返せば良かったのだろうが、何故か上手く声が出ない。

「おばあちゃんは多分、コナーを私に会わせたかったんだよ。きっと、あなたに恋をしてたんだね」

 どこか遠くを見るような目でが言った。まるで何かを、誰かを思い出し懐かしんでいるようなそんな目。僕には彼女のその目とその言葉が気に入らず、酷く不快な気分になる。

「自分で何を言ってるのか分かってますか、

 初めて声に出しての名を呼んだ。彼女を見ているのが嫌になり、目線を外して目の前に置かれているグラスを見る。まるでアンドロイドの血液そのもののような深い青色。そう。アンドロイドは人間と違う。人間がアンドロイドに恋をするなど馬鹿げている。

「人間がアンドロイドに恋なんて……、そんなことあるわけないでしょう」

「じゃあ友達は?」

 は僕の言葉をかき消すように食い気味に声を上げる。驚き、自ら外していた目線を再び彼女の方向へ送った。

「恋は出来なくても、友達にはなれる?」

 何故かは悲しそうな表情をしていた。僕がいくら彼女を突き放してもそんな顔をした事はなかった。眉間に皺を寄せ、涙をこらえるように下口唇を噛んでいる。何故そんな表情で、そんな目で僕を見つめ、そんな事を聞くのか。僕は理解が追い付かなかった。

 その時だった。片耳だけに装着していたイヤホンから、ハンクの声が響く。

《おいコナー。店に怪しい大柄の男が入っていったぞ。カップルデーだってのに、独りだ》

 周囲に怪しまれぬよう、の顔を見たままにハンクの声を聞く。イヤホンに触ることも周囲を見渡すようなこともせず、ただ眼球だけを動かし店の出入口付近を盗み見た。

 背が高く肩幅の広い大柄な男。黒い革のジャケットとウエスタンブーツにすら威圧感を覚える。男の挙動を密かに見ていると、一人の店員と耳打ちをし、そのまま店の奥にある従業員専用の階段をゆっくりと下りて行った。あいつだ。直感的に思う。きっとあの従業員専用の階段下に取引部屋に続く道がある。まず第一に従業員に侵入をチェックさせ、その後見張り役がダブルチェックを行い、あの“オリーブ”という暗号を言い伝えた者のみ入室を許可するのだろう。

、あなたはここに居てください」

 椅子から立ち上がり、を制止するように手の平を向け手を出す。店への潜入に協力して貰ったことには感謝しているが、彼女の仕事はここまでだ。一般人であるをこれ以上巻き込むわけにはいかない。

 しかし僕の考えも知らず、はまるで“私も行く”と言わんばかりに椅子から立ち上がり、すがりつくように僕との距離を詰めた。彼女がそのような行動を取る事も予想出来ていた事だ。まったく仕方ない。そう思いながら軽くため息をつく。

「友達……、でしょう。僕たちは」

 呟きながら、の前に手を差し出した。あの日、握手を求めて僕に手を差し出した彼女と同じように。

「あなたが来れば、僕はあなたを守らなければいけなくなる。友人であるあなたを守りながら相手と対峙するのは、不利です」

 は安心したように笑うと、差し出した僕の手を握り嬉しそうに「わかった」と返事をした。その手を軽く振り払い、僕は彼女に背を向け、従業員専用の階段がある方向へ向かって歩き出す。

 店内は客が多く、人の波をかき分けて進んだ。人の声や音楽が混ざり合った騒音が耳に響き、そんなやかましさの中で冷静にも思う。が何度も何度も言っていた“友達”という言葉。それを出せば彼女が僕の言う事を聞いてくれるということは分かっていた。彼女が単純で助かった。そう、あんなのは口から出まかせ。そのはずなのに、握手をしたの手を振り払う事がほんの少し、ほんの少しだけ名残惜しいと感じてしまった。

 第一の見張り役と思われる従業員が他の客の対応に手間取っている隙を見て、僕は階段を滑るように音もなく下りた。地下にはドアもないゲートのようなものがぽっかりと口を開けており、その奥に伸びる廊下は薄暗く何があるのかは分かりにくい。

 周囲を警戒しながら歩を進めると、廊下の先にある曲がり角付近に厳重な扉が見え、そのすぐ横に先ほどの不審な男がまるで人形のように立ち尽くしていた。ゆっくりと近づくと、男は表情を変えず、その体を微かにも動かすことすらせず、僕を見下ろす。男は僕を警戒する様子も、排除しようとする様子もない。おそらくこの地下に来た時点で僕を“取引相手”だと認識しているのだろう。男はゆっくりと口唇を動かし、言う。

「……ご注文は?」

 僕はハッとした。これは“合言葉を言え”という意味なのだろうと直感的に思う。

「ドライマティーニを、オリーブ抜きで」

 に教えられた暗号の答えを、まるでバーテンダーに飲み物を注文するかのように言った。それを聞いた男が無表情だった顔を崩し、片方の口角だけを上げてニヤリといやらしく笑う。背後にあるドアを開けるために男がこちらに背を向けた時、僕はその太い丸太のような首に自分の腕をかけた。

 全体重をかけて腕を引き後ろに倒れこむと、同時に男の体も僕と共に床へ仰向けに倒れこむ。そのまま首にかけた腕に力をこめ、喉を圧迫した。呼吸が出来なくなった男は声もなくもがき苦しみ暴れたが僕が腕を離すことはなく、首を絞めている腕をもう片方の腕の方へ回し組むと、追い打ちをかけるかの如くさらに締めあげる。

 ほんの1秒ほどだった。首を絞め続けると男は失神し、仰向けに倒れたまま動かなくなる。僕はフゥと息をつくと自分の片耳に手を伸ばし、出来る限りの一番小さな声で無線機に言う。

「ハンク。取引部屋を発見しました。応援を頼みます」

 イヤホンから《了解》というハンクの低く小さな声が聞こえた。目の前にある扉をジッと見つめる。人の声や物音などは聞こえないが“人の気配”は感じる事が出来る。この部屋の奥には誰かが居る。人数までは分からないが、見張り役と思われる男が地下に下りたタイミングとバーの開店時間から考えるにそこまで多くはないだろう。

 僕は懐から隠し持っていたハンドガンを取り出しスライドを引く。そのままセーフティを解除すると、目の前にあった扉を勢いよく開けた。

「動くな!デトロイト市警だ!」

 部屋は小さく、叫び声が反響した。中には女性、男性がそれぞれ一名ずつの計二名の人間しか居らず、二人はソファの上で身を寄せ合い、まさに今から情事をはじめますと言わんばかりの雰囲気だ。

 男は部屋に踏み込んだ僕を見るなり間抜けにぽかんと口を開けていたが、構えられたハンドガンに気が付くと「ひっ」と小さな声を上げて両手を上げる。僕は男の胸倉のあたりを掴みソファから立たせると、肩に体重をかけ男をその場に跪かせた。ソファに座ったままの女は動揺したのか涙を流している。

「あなたがこの店のオーナーですか」

 オーナーと思われる男は僕の問いかけに言葉を発することもなく、ただ力なく頷く。その何とも情けなく張り合いもない姿に僕は呆れた。彼を友人だと言っていたがこの姿を見たらどんな風に思うだろう。

「署までご同行願います」

 今更ながらと思いつつ、僕はポケットから警察バッジを取り出しオーナーの目の前に見せる。彼は肩を落とし、ソファの女はいつまでも泣き続けていた。

 ハンクが呼んだ数名の警察官によりバーは制圧された。逮捕者は従業員などを含めそこまで多くはないだろうが、取引場所であるこの店が抑えられたことによりドラッグの被害者が少なくなることを祈るしかない。こんなのは“いたちごっこ”。そんなことはハンクも僕も良く分かっている。

 対象を確保し現場を制圧したはずなのにあまり晴れやかな気分になれないのは、恐らくはが居たせいだろう。彼女はこのバーのオーナーと友人で、開店当時アンドロイド従業員の確保に協力したと言っていた。ドラッグの取引に使われるような店だと知っていたら協力をしなかったとも言っていた。目の前でオーナーが連行されていく様子を見るのは憤りを感じるだろう。の気持ちを考えるとなんだかやるせなかった。

「待って」

 両脇から警察官に挟まれる形で連行されるオーナーをが呼び止める。音を響かせ足早にオーナーに近づくと、は彼の顔をジッと見つめた。オーナーも同じようにの顔を見つめ返す。

「……、俺、その……」

 オーナーがそう呟いた瞬間だった。は腕を大きく振りかぶり、オーナーの左頬に思いきり平手打ちをかました。パトカーのサイレンと人々の騒ぎ声の中、パン!と大きな乾いた音が響く。

「あんたとはもう、絶交だよ」

 のその言い草に僕は胸が少し苦しくなる。『絶交』だなんてまるで子供のような言い方だと思ったが、きっと彼女はその言葉で自分の中の悲しみや、怒りや、悔しさを覆い隠しているんだ。大切な友人に裏切られたという、心が押しつぶされそうな気持ちを。

 オーナーは真っ赤な頬のまま俯き、それ以上はなにも言わなかった。彼をパトカーに押し込んだ警察官はすぐに発車をさせ、スピードを上げたパトカーはすぐに道の向こう側に消えて見えなくなる。その姿をはいつまでも見つめ続けていた。

「おい、お嬢ちゃん。……大丈夫か」

 ハンクがに近づき声をかける。そっけなかったりぶっきらぼうな態度を取っていてもハンクは優しい。きっとの心情を心配したのだろう。僕とは違いすぐに相手を気遣えるような言葉を言えるのは少し羨ましいと感じた。しかしはハンクの問いかけが予想外だったようで、目を丸くしながら言う。

「なにが?」

「なにが?って……、あのオーナー、友達だったんだろ?」

 『友達』。その単語を聞くなり、は何かに気付いたようにハッとしたかと思うと、すぐに悲しそうに目を伏せた。

「そうだね、うん。わたし、友達をひとり、失っちゃったんだよね」

 の目にはほんの少し涙が滲んでいるように見え、声も震えていた。彼女は初めからオーナーに裏切られているという事が分かっていた。その上で僕たちに協力してくれた。しかし、分かっていたことでもやはり現実に直面すると感情を堪え切れないのだろう。の心はいま悲しみに満ちているのだと僕には分かった。

「……友達なら、僕が居るじゃないですか」

 無意識に呟いていた。が何度も何度も僕に懇願した『友達』という関係。僕はあのオーナーのように彼女を裏切ったりしない。彼女にあんな悲しそうな顔などさせない。そう、僕は人間とは違う。

 の方向へ目線を送ると、彼女は鳩が豆鉄砲を食ったようなとても間抜けな顔で僕を見た。まるで先ほどの悲しみの感情など全てを忘れ去ったかのような、今は僕の事だけを考えているような、そんな顔だった。

「いま、なんて言ったの、コナー……」

「さて、じゃあ僕たちは署に戻りましょうか、ハンク」

「ちょっと待ってよ!コナー、いま友達って!友達って言ったよね?」

 叫ぶを無視したままハンクを見ると、彼は何故かとても満足そうな嬉しそうな笑顔をしていた。きっと僕の心が高揚感に満ち溢れていたのは、ハンクのそんな優しい笑顔を見たからなんだろう。