手紙に代えて -7

 あれからどれくらいの月日が流れただろうか。山井さんがハワイを出ることになった日、私は見送りに行かなかった。泣いてしまいそうだからとか引き留めてしまいそうだからとか、そんなんじゃない。ただあの人の去り行く背中を見ていたら、同じ船に飛び乗ってしまいそうな気がしたからだ。

 あの『堂島の龍』である伝説の極道、桐生一馬と関係のあった伊達という刑事を指名し、出頭を申し出る連絡をしたのは山井さん本人だった。自分の出頭と引き換えに『数名の連れ』を極秘裏に日本へ渡らせること。それが山井さんの出した条件だった。

 ハワイに存在する裏社会の人間たちが血眼になって探しているラニという少女。そして彼女を守るために集結した大人たち。彼ら全員を守るため山井さんは自ら犠牲となった。そんな風に言ったら「美談みたいに言うんじゃねえよ」と鼻で笑われてしまいそうだなと思った。

 山井一派が所有する小型の引き船でハワイ沖まで行き、そこから訓練中の海上保安庁の航空機に乗せてもらい日本へ向かう。その手筈を整えてくれたのは相手側、伊達という刑事だった。日本に到着した後、山井さんは待ち構えている警官たちに逮捕されるのだろう。

 山井さんの罪はもう三十年近く前の事件で、尚且つ内容はヤクザ同士の内輪揉め。今でも捜査が続いているかどうかも怪しい。裁判がどのくらいかかるのかも、どんな判決が出るのかも、山井さんがどのくらいの期間刑務所に収監されることになるのかも何もかもが予想出来ず、何もかもが分からなかった。

 出発前日の夜、山井さんは私たち一派のメンバーを呼び出して皆に出頭することを告げた。全員が驚きはしたものの、決意が固まり切っているのであろう山井さんの表情を見て反対する者は誰一人居なかった。サングラスの彼はまるで滝のような涙を流し顔をぐしゃぐしゃにしながら「親父が留守の間はワシらが山井一派を守っていきますけえ!」と大声で意気込みを語り、山井さんに「汚ねぇ顔でデケエ声出すなバカ野郎」とたしなめられていた。

 その後、私個人のみが山井さんの自室に呼び出され改めて話をした。当然ながら山井さんの決意は変わらないようだった。私はいつかこんな日が来るのではないかと予想していたため、ついにこの日が来たのかと妙に納得した気持ちだった。

 一瞬。それこそほんの一瞬だけ山井さんについて一緒に日本に行こうかとも考えた。しかしすぐに思い直した。山井さんが私の提案に賛成するとは到底思えなかったし、いまさらどんな顔で母に会えば良いのかも分からなかったからだ。というよりも、山井さんと母の再会を邪魔したくないと思った。

 きっと山井さんは無理矢理にでも母に会いに行くに違いない。私が日本を出てからそれなりの月日が経っているため、母の認知症は症状が進んで山井さんのことは覚えていないかもしれない。それでも彼なりにケジメをつける気なのだろうと思う。

 山井さんは私に「俺はもしかしたらお前の母親を殺すかもしれねえぞ」と言った。その顔は今までに見たことがないくらいに真剣で、険しくて、とても苦しそうに見えた。そんな山井さんに対し「まぁ、それも良いんじゃないですか」と返した私は、実の娘としてはあまりにも非道でいつか地獄に堕ちるのかもしれない。

 山井さんが私の母を殺すかもしれない。山井さんにはその権利があるのだろうし、私に止める資格などない。しかし山井さんがそれをするとは思えなかった。例えどんな恨みがあったとしても、過去に愛した女性を殺すとは思えなかった。例えるなら山井さんは、全てを分かった上で貧乏くじを自ら引きに行くような、そんな人だ。

 全てを話し終わった後、山井さんはただ黙って私を抱き締めた。肩を掴まれ引き寄せられ、後頭部に回った手が私の髪を撫でる。もう片方の腕は背中側に回っており、私にあの夜のことを思い起こさせた。山井さんの手は相変わらず冷たいままだ。その時に初めて、私の目から涙がこぼれた。

 今更ながらに考えることがある。私が母から逃げなければ、私がハワイに渡らなければ、私が鞄を盗られなければ、私と山井さんが出会うことはなかったのかもしれない。そもそも私が母の娘、田端としてこの世に生まれなければ山井さんを好きになることもなかったんだろう。

 母のことは今でも心の底から死ぬほどに大嫌いだ。この憎しみが消えることはない。そして羨ましい気持ちと嫉妬心も同じように消えてはいなかった。今だからこそ言える。私は母の娘として生まれて来て良かったと。これは皮肉だ。平和的な世界のそこかしこに転がっているような感動的なお話なんかでは、決してない。


 山井さんがハワイを出てから数カ月の月日が経った。頭目が不在の山井一派はというと、過去の私たちのようにハワイで居場所をなくして彷徨う人たちの駆け込み寺となっていた。壊れたシアタービルを改装し、新しい店に生まれ変わらせようという提案もある。私たちの新しい『シノギ』というやつだ。

 私は常駐する医師の手伝いをしながら、トラブルに巻き込まれ怪我を負った人たちの看病などをした。まるで看護師のような仕事だ。元々は長い髭を蓄えた老人の医師しかいなかったため、自分で言うのもどうかと思うが私は随分と重宝されているようだった。体調を崩したり怪我を負ったりしていると精神的に追い詰められ、看病をしてくれた人を神のように崇めてしまう人も少なくはない。私は『山井一派の女神』だなんて呼ばれることがあり、それはあまりにも身分不相応だと思った。

 私が『山井一派の女神』だなんて呼ばれていることを山井さんが知ったらどんな顔をするのだろうか。きっと堪え切れずに笑い出し「お前が女神ぃ?」と言って馬鹿にするだろう。初めて会った時に私を『汚い野良犬』と言った人だ。彼にとって私は今も変わらず道端の犬っころと変わりない。

 ある日、日本に居る山井さんからいくつかの手紙が届いた。一派に昔から居るメンバーそれぞれに一通ずつ宛てられた手紙だ。随分とマメなことをするなぁと思いつつも、自分宛ての手紙を迷いなく開いて読みはじめる。

 内容は酷く簡素で、ちゃんと山井一派を守ってるだろうな?とか、全員五体満足か?とか、毎日三食食ってるか?とか、しっかり寝てるか?とか、まるで父親のようだった。例えば『好きだ』とか『愛してる』とか、甘い言葉の一つくらいあっても良いのにと思ってしまう私は贅沢な女だろうか。

 手紙の文末には短い文章が綴られていた。恐らくは追伸のような形で書いたのだろうと思う。そこに『俺が戻るまで死ぬなよ。死んだら殺すからな』と書かれていた。ぶっきらぼうな文章に山井さんらしさを感じ笑みがこぼれる。

 なるほど。もしも彼が帰ってくる前に私が死んだとしたら、罰として山井さんに殺されるようだ。ということはつまり二度死んでしまうことになる。死してなお殺される。それだけは阻止しないといけないなと呑気にも考えた。もう一度山井さんに会って、もう一度抱き締め合って、キスのひとつやふたつをする。私が死ぬのはそれからだ。

 手紙の返事を書こうと思ったが、レターセットを持っていなかった。今日はもう遅い時間帯のため明日の朝一番にでも買いに行こう。そう思いながらもはやる気持ちをおさえきれずにペンを取り、すぐ近くにあった何の変哲もないメモ帳に文字を書き出す。切手すらも、封筒すらもないこの手紙が届かないということは分かっている。それでも止められなかった。

 返事は、山井さんが書いてくれなかった言葉からはじめてみよう。まずは『好き』だとか『愛してる』などが良いだろうか。私からの返信を見た山井さんは目を見開いてぎょっとし、ほんの少し頬を染めながら居心地の悪そうな表情をするに違いない。そんな彼を想像すると笑えた。

 拝啓、山井豊様。メモ帳の一行目に宛名を書いてからまじまじと文字を見つめる。この行き場を失ったどうしようもない想いがあの人へ届きますように。そんなありもしないことを考えながら『愛しています』の六文字を綴った。

END
‎(2024‎.‎2‎.‎15‎‎‎)


番外編
女神と死神
スロウダンス